アリスと悩み事と美味しいお菓子〜カタペシュの街角にて〜
(文・ぷらなりあ)


 次に惹かれて行ったのは肉と香辛料が焼けた良い匂いを漂わせる屋台だった。 
 頭にターバンを巻いた髭だるまの親父が売っているのはシシトウやタマネギと一緒に串焼きになっているのは羊肉の様だ。 
「姉ちゃん、今焼けたばかりだぜ。ひと串どうだい?」 
 周囲の客の様子を眺めていると、皆串焼きを薄手のパンに挟んで旨そうに齧り付いている。大雑把にも見えるが、実に理にかなった料理?だ。 
「これがここいらの流儀さ。シシケバブって言うんだぜ」 
 早速アリスが数枚のナンと数本の串焼きを買った事は言うまでもない。 

 市場の隅に木陰を見付け、歩き疲れたアリスは石の上に腰を掛けると水袋と、色々手に入れてきた中から羊の串焼きとパンを取り出した。 
 ぐっと一息にあおると、暑さにへばった身体に水で割ったワインが染み入るようだ。 
 屋台の親父に教えられたように、串焼きをパンで挟んで「シシケバブ」にしてみる。 
 豪快に頬張ってみると、香辛料を含んだ肉汁がパンの生地に染みていて実に美味しい。 
「……確かにこれは旨いな」 
 別の店で見たドネルケバブというヤツは色々大変そうだったがこれは簡単だし、これならば材料と香辛料さえ買っていけば旅の途中でも再現出来そうだ。 
 ……がふがふとシシケバブを食べていると、アリスの近くにおずおずと近寄ってくる少女が一人、いた。 
 年の頃は10になるやならずだろうか。 
 ひどく痩せ、最低限陽を遮る程度の粗末な服を身に付け頭には重そうな陶器の水差しを乗せている。 
 ……見た感じ、カタペシュの人々とは部族が異なっていそうだ。 
 アリスの脳裏には瞬時にかつての自分の境遇がよみがえっていた。 
「あの、お水、買っていただけませんか?」 
 おずおずと、少女はそう語りかけてきた。 
 ああ。そうだ。昔の俺もそうだったっけ……。 
 旅先で市の立つような街に行くと、決まって水だのワインだのを売りに行かされた。 
 そして夕方になると……。 
「水、か。もしかして夕方になると花を売りに出るのか?」 
 アリスはつい、そう口にしていた。 
 アリスのその言葉が余程唐突だったのか、少女はきょとんとして首をひねる。 
 その表情は「何故わかったの?」と言いたげだった。 
「ああ、すまない。唐突過ぎたな。……今は水だった」 
 では一杯貰おう、と言おうとしたところで気が付いた。 
 周囲に、同じような身なりの子供がこっちの様子をうかがっている。 
 子供に同情して財布が緩くなるような相手か、見定めているのだろう。かつての自分にも覚えがある。 
 とはいえ、水があまり売れなければひどく叱られるであろうこの娘の境遇を思うと無下にも断れない。良くも悪くも彼女の境遇がよくわかるのだ。 
 ちらちらと物欲しそうにケバブに送られる視線ひとつとっても、彼女が十分に食べさせて貰っていないであろう事も容易に想像出来た。 
「……水は自前のがあるんだ。ごめんな」 
 水袋を掲げてみせると見るからに肩を落とす姿に、アリスはさりとて、と苦笑した。 
 ……様子をうかがっていた周囲の子供たちは、アリスがカモではないと知り既に散っている。 
(さりとて見捨ても出来ないよな。たとえ今だけでも) 
「なぁ、君は隊商か娼館の子かな?」 
 また唐突な言葉をかけられ、少女は困惑した表情で頷いた。 
「お母さんは隊商と旅をしています」 
 少し嫌悪感と自嘲の混じった表情、それもアリスの通ってきた道だった。 


 ……だがそこまでは助けられない。出来るのはせめて美味しい仕事を与える程度の事だ。 
 アリスは少女の頭をポンポンと撫でるとこう切り出した。 
「じゃあ旅慣れてる人をたくさん知ってるよね。俺はこの通りカタペシュははじめてなんだ。砂漠で必要な装備や旅に必要な日数を聞ける人を探していたからちょうどいい。そういう事を教えてくれそうな親切な人を紹介してくれたら駄賃をはずむよ」 
 アリスの言葉を聞いて少女の表情がパッと明るくなった。 
「本当に?」 
「本当だとも。そうだ。駄賃の前渡し分としてこれをあげよう」 
 アリスが取り出したのは、すり潰したデーツとはちみつを塗った甘い菓子だった。 
「あ、ありがとう! ……私のいる隊商にとても親切なおじいさんがいるの。その人なら私がお願いすればきっと色々教えてくれるわ」 
「そうか。そういう人を探していたんだ」 
 少女は大事そうに菓子をたもとにしまうと、水差しを頭に乗せ直して駆け出した。 
「こっちだよ、お姉さん!」 
「ああ、待ってくれ」 
 甘い物は本当に偉大だ。 
 甘いお菓子や美味しい料理は人のお腹だけではなく心までも満たしてくれる。 
(クーの心もこんな簡単にほぐれてくれればいいんだけど……) 
 無理だろうなぁ、と苦笑しつつ、アリスは少女の後を追って歩き出した。 
  
 こうしてアリスは不慣れな砂漠の旅に必要な道具や心得を知ることが出来た。 
 クーセリアとの仲直りのアイディアが浮かんだわけではないが、とりあえず料理の腕で多少なりとも挽回する気になったらしい。 
 早速色々買い込んだ彼女は、仲間たちに合流すべく宿屋街へと急ぐのだった。 

           〜〜〜  了  〜〜〜 





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