アリスと悩み事と美味しいお菓子〜カタペシュの街角にて〜
(文・ぷらなりあ)
カタペシュでの冒険が始まりますね。 前回はクーセリアとの間に溝が出来るような事もありましたし、アリスの心情をカタペシュでの買い物の風景と合わせてSSにしてみました。 まぁ、実際クーと溝があるというのは辛い状態だと思うんですよね、男嫌いのアリスにとっては。 でも別に百合ん百合んというワケでもなし、死ぬほど悩むかというとそういうのとも違うんじゃなかろうかと。 そんな微妙な部分が上手く書けているとも思えませんが、とにかくこんな感じで「結構悩んでるけど、脳筋な方向で解決法を模索してる」「なんて言ったらいいのかわからないのでクーに自分から近寄って行ったりはしない」「美味しいご飯や甘い物でクーの気持ちが和らいだらいいなーと思っている」くらいを感じていただけたらと思いますw |
船が港に入港したその日。 カタペシュの市場を、一人歩くアリスの姿を見る事が出来る。 休憩と買い物を兼ねてパーティーの一行は市場に立ち寄ったのだが、アリスはミュールを酒場に預かって貰っているうちに皆と離れてしまったのだ。 こういう場合、今までなら戦える人間のそばにいたいクーセリアが纏わりついてくれるおかげではぐれる様な事にはならなかったのだが、先だっての件はやはり二人の間に大きな溝を作ってしまったようだった。 ……こんな時、どうすればいいのかよくわからないアリスは、改めてそれを思い知って少し肩を落とすのだった。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 先日、アリスたちが乗ったチャーター船が嵐に遭遇した間隙を突き、パーティーを正体不明の暗殺者の一団が襲撃した。 鎧も身に付けぬままで奇襲を受ける羽目になり、アリスをはじめ手傷を負う者が続出する羽目になったが、正面からの斬り合いになってからはアリスや船長の方が一枚上手を行き、魔法支援や同乗者のラエウの援護射撃を得てたちまち制圧する事が出来た。 暗殺者たちを縛り上げ、指揮官と思しき女の意識を回復させて尋問してみたが、案の定彼女は脅してみても何も話そうとはしなかった。 ……目的は分からないが厄介な連中に狙われたものだ、とアリスは暗殺者の様子から察し、暗澹たる気持ちになっていた。 そんな中とうとう嵐が勢いを増し、皆を激しい揺れが襲うようになってきた。 そしてコントロールを失った船は、いつ転覆や座礁の憂き目を見てもおかしくない状態になってしまった。 なんと彼女たちは失敗しても船が座礁するよう、船長と水先案内人らを殺害し、メインマストに繋がるセイルのロープを切断するという周到さで襲いかかってきていたのである。 荒れ狂う海に投げ出されるかもしれない可能性にパーティーは色めき立っていた。 「いいのかな、そんなことしてて。僕たちはそんなに甘くないよ」 戦闘で受けた傷から血を滴らせながら、女暗殺者は『尋問は時間の無駄だ』と言いたげに不敵に笑った。 「……何だか船の動きがおかしいな」 船長のつぶやきの直後、他のメンバーにもわかるくらい激しい揺れが皆を襲った。 「大変だ! キャプテンが!!」 暗殺者襲撃を報告しようとしたラエウが嵐の中で叫んでいる声が切れ切れに聞こえてくる。 ……状況を確認するために船室を飛び出したヨーグ、船長らの目に飛び込んできたのは、剣で斬られ、あるいは弓で射られて骸をさらす主要クルーの姿とおろおろと右往左往するその他船員たち、そしてロープを斬られ無秩序にはためくトライセイルだった。 「……その連中に構ってる暇はなさそうですよ! 船をなんとかしないと!」 一見して非常事態を察知したのか、いつもはのんびり(?)しているヨーグの声にも緊張感が溢れている。 そして揺れに揺れる船の上を、男性陣はそれぞれ自分が出来そうな配置へと駆け出した。 「誰かそいつにとどめさしておいてくれ。船の指揮は俺が執る。総員配置―!!」 唯一操船の心得がある船長は舵輪へ、ヨーグはセイルのロープに、ラエウは水先案内人に代わって海面の見張りへと向かって行った。 ヨーグと船長の意見は違っているようだったが、暗殺者の危険性は傭兵時代の経験で骨身に染みているアリスは船長に言われるまでもなく剣を構えている。 殺気に満ちたアリスの様子に、慌てたようにクーセリアが声をかけた。 「アリス、まずその状態で動けるもんじゃないっす。先に船っす!」 アリスはちら、とクーセリアに視線を送った。 そして彼女の瞳の中にあるのが怯えと嫌悪である事を感じ取りはしたが、とはいえこれから誰も見張る余裕がなくなるというのに暗殺者を放置しておくという選択肢はアリスにはあり得なかった。 (まず動けない……と思っていた奴らに煮え湯を飲まされた連中を俺はいっぱい知っている。暗殺者やスパイを生かしておくのは本当に危険なんだ。すまない、クー) アリスは迷い……というか感傷を振り切ると、女暗殺者に最期の時を告げた。 「……俺たちも座礁して死ねかもしれないが、お前は今ココで確実にあの世に送ってやる」 すると彼女は意地の悪い笑みを浮かべ、捨て台詞とも引き延ばしともつかないセリフを吐いた。 「ひとつ、教えてあげるよ。 ソサエティには、気をつけることだね」 もちろん、そのセリフでアリスの剣が止まる事はなかった。 せめてもの情けで首筋めがけ振り下ろされた大剣に、首実検を嫌ったのか女暗殺者は自らの頭を差し出した。 板金鎧をもひしゃげる必殺の斬撃に、当然の事ながら彼女の頭部は柘榴のように他愛なく弾け散る。 「ちっ……」 こういう事をするからこの手の連中は嫌なんだ……ため息を漏らしながら剣にこびり付いた血と脳漿を払い飛ばしていると、 「う……うぷっ……」 背中から、クーセリアの押し殺したうめき声が聞こえてきた。 一時の興奮が去り始めると、背後のクーセリアに対する申し訳なさと、あたら美しい顔を見る影もなく砕いてしまった女暗殺者に対する憐憫の情もわいてくる。 ……アリスとてまだ16歳。ずっと戦場や戦場のそばで生きてきて「慣れざるを得なかった」だけに過ぎない。 年季の入った傭兵のように殺人の罪悪感に無頓着というわけでも、殺人に快楽を覚えているわけでもないのだ。 「……俺だって、別に殺したいわけじゃないんだがな」 そう、誰に言うでもなくアリスはつぶやいた。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ それ以来、アリスは露骨にクーセリアに避けられているのを感じる。 クーセリアが内心どう思っているのかはよくわからないが、どうしてもあの時の事が忘れられないのだろう。 もしかしたらわざと残酷に殺したのだと誤解されている可能性すらある。 そうは言っても、いやもし彼女が何を考えているか分かったにせよ、クーセリアの様に平和な世界で生きてきた相手に話すべき言葉をアリスが考え付くはずもなかった。 今までアリスが生きてきたのは、「明日死に別れるかもしれない」という暗黙の約束の元になされる、良くも悪くも率直な人間関係の世界、それも大半が男の傭兵の世界だったのだから。 ……しかし男がどうも苦手なアリスにとって、パーティーでは唯一の女性であるクーセリアと上手に話せないというのは居心地が悪いことこの上ないのだった。 (うーん。どうしたらいいのかなぁ?) 例えば「もうあんな事はしない」などと言えるはずもなく、アリス的には「ごめん」と謝る筋でもない。とはいえ何か上手い懐柔策が考え付くはずもない。 はぐれてしまった皆を探し回りつつも、アリスの頭の中はその事で堂々巡りを繰り返していた。 「さあ、焼きあがったよ〜! 買った買ったぁ〜!!」 「甘ーいハーフドライのデーツだよー! 早くしないとなくなるよーー!」 アリスが市場をぶらぶら歩いていると、嗅ぎ慣れない香りや知らない食べ物の出店が色々並んでいる事に気が付いた。 カタペシュは内海地方第2の都市だけあって、市場には沢山の店が軒を並べている。 もちろん様々な屋台も並んでいるのだが、この地域はブレヴォイともアブサロムとも気候・風土が違うためか、食べ物は結構違うように見える。 傭兵として半端だった時期は料理人の様な事もしていた、そして当然食いしん坊のアリスには興味津々の光景である。 (そうだ……。別に何かを言わなくても、何か珍しい食べ物でもあげれば少しは機嫌直してくれるかもしれないな) ある意味実に安直で脳筋な結論に至ったアリスは、早速美味しそうな気配を漂わせている屋台を見て回ることにした。 最初に目を付けたのは傭兵には比較的なじみの深いドライフルーツの出店だった。 (おや? 干しナツメの色味がずいぶん違うな。それにこの大きいのは何の実だ?) 「異国の剣士さん、さすがお目が高いね。カタペシュのオアシスで育ったナツメやデーツはひと味もふた味も違うよ!」 手の込んだ刺繍を施した日除け頭巾をかぶった恰幅のいいおばさんが早速声をかけてきた。アリスが異国風の武装で身を固めている事に大した違和感も持ってなさそうだ。 「デーツ?」 「デーツはね、ナツメヤシの実の事さ。生でよし、ドライでよし。栄養満点で甘みもたっぷりさね。半生、半乾きくらいのが一番美味しいんだよ」 すかさずアリスは、袋にいっぱいのドライフルーツとデーツやナツメを使った菓子を手に入れてしまった。 |