幕間−2
(文:瑞山堂)


「いや、ほんと、すばらしいですね」
 喜色を浮かべながらアレを口に運ぶのは、やはり痩せた若い男である。
「地上ではこんなもの、滅多に食べられませんよ。食べようとしたら、怒られます。たぶん」
「作り方は簡単なのだがね」
 顔が見えれば苦笑しているのではないかと思えた。何かが擦れているような、枯れた声にはどこか誇らしげな響きがあった。
「……ん?」
 青年が首をかしげた。ついでにアレに視線を落とす。
「どうしたのかね?」
「いや、ふと疑問が2つほど」
「なんだね? 私にわかることであれば答えよう」
「1つ目はですね」
 青年がアレをスプーンでつついた。真紅に輝く透明なアレはまるで生きているかのように震える。先ほど口にした時もその弾力は実に絶妙な加減であり、不思議な甘味と微かな鉄の噛んだような風味が――
「コレが一体何の……」
――風味が、その先の言葉をためらわせた。
「……いや、やっぱりいいです。知らない方がいいこともありますよね、世の中には」
「ふむ、そうか。それでは、2つ目は?」
「……あぁ、そうでしたそうでした。コレって、まさかあなた自身が作ってるんじゃないですよね?」
 『作り方は簡単なのだがね』その言葉を聞いた瞬間、彼の脳裏には枯木のような腕でウィスクとボウルを構え、奇妙なローブの上にやはり得奇妙なエプロンを身に着けた男の姿が思い浮かんだ。
 やはり顔は見えない。むしろ見たくない。
「一応、作ろうと思えば作ることはできるが。料理は給仕たちに任せている。私は専ら味見役だ」
「……そうですか。安心しました」
 心底。
「安心?」
「いえ、気にしないでください」
「そうか。……しかし、不思議には思わないか? この私が“味見役”とは」
「あなたの立場からすれば当然だとは思いますが」
「立場ではない。私の、このアンデッドの身体が、だ」
「……なるほど、あなたはアンデッドだったんですか。ただの人間ではないとは思ってましたが」
「おや? あなたのことだからとうに知っていたと思っていたのだが」
「私は死霊術に興味は無いので。……あなたが何故、どのようにして創られたかには興味ができましたが」
「残念ながらそれは私も知らないことだ。気づいたら私は雫石亭の主であり、情報屋であり、エス・サーチであった」
「……あぁ、いや、紳士の過去に立ち入るのはマナーがなっていませんね。申し訳ありません」
「気にすることはない」
ふふふと笑いながらローブの男も食べ始めた――赤々と染まった、甘い血のゼリーを。



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