緑風茨、その顛末(主にバーン視点で)
(文:ぷらなりあ)


えー、ねこたま氏発案の緑風茨のお話ですが……。

フェイさんに引き続いて顛末を中盤アレクセイ視点、終盤バーン視点で書いてみました。
フェイさんのお話の後の話になっていますので、出来ればそちらと合わせて御覧になってください。



多くの冒険者が集う港町トーチ・ポート。
 街は夕暮れ時を迎え、人々は思い思いの「自分の場所」で一日の疲れを癒す。
 雑多な店が寄り集まる一角にある冒険者の宿<赤目の船乗り亭>では『サートラスの尖兵討伐隊(仮称)』の面々が出発前のひと時を酒と共に過ごしていた。

「早く準備が整わんかのう。腕がなるわい!」
 上機嫌で次々とピッチを空にしているのはパーティーの前線を支える「鋼の壁」、ドワーフ戦士のグラムである。
「骨休めも準備の内ですよ。それにしてもポータルの向こうに何があるのか、楽しみですねえ」
 そう答えるのはパーティーの知恵袋にして、色々な意味で勇者である魔法使いのゼルギウス。
「きっとお宝がいっぱいですわ」
 合いの手を入れたのは細い体のどこに入るのか不思議になるペースで酒とつまみを平らげるもう一人の魔法使い、召還術師のウィンシーだった。
「お宝いっぱい報酬がっぽり、冒険者の醍醐味だネ」
 そしてニマニマと胡散臭く笑うのは銀髪のエルフローグ、ユーヌである。
 マイペースにチビチビやっているように見せかけてさりげなく一番良い酒(もちろんグラムにツケ)を呑んでいる。
「もう!悪事を企む者どもを討伐するのが一番の目的なんですからねっ!真面目に行きましょうよ、真面目に!」
 宝だの報酬だの物見遊山気分だのと暢気な仲間の様子に、焦れたように席を立って声を上げたのはまだ若いハイローニアスのクレリック、アレクセイだった。
 なにしろ神殿から正式な依頼の出た「悪の討伐」である。
 彼女が息巻くのも当然と言えば当然と言えよう。
「いよいよ敵の本拠地ですよっ!がんばりましょう!」
 ……もっとも、あくまで「神殿はスポンサーの一つ」に過ぎない他のメンバーの反応といえば、
「心配せんでも人怪どもに遅れを取るワシではないわい」
「栄光のお宝に~~、かんぱーい!」
「ですわ~♪」
「さてさて、次は何を注文しますかな」
「…………」
 せいぜいこんな感じなのであるが。



「ま、まあいいんですけどねっ。真面目にやってさえいただければ」
 なんのかんの言いつつこのパーティーが悪に妥協したりしない事はアレクセイにもわかっているので、少々反応の薄さに憮然としつつも彼女は再び椅子に腰を降ろした。
 それにしても……
「なんだかさっきから元気ないね、バーン」
 気になるといえば先ほどから殆ど言葉を発しないダスクブレードの剣士、バーンである。
 バーンはといえば、羊皮紙に何事かを描き込むかぼーっとしてるかで全く覇気がない。
 確かにいつもむすっとしていて宴会の席ではしゃぐ様な彼ではないが、ここまで大人しいのも珍しい。酒もそんなに進んでいないように見える。
「……ん? いや、なんでもない」
 アレクセイが話しかけても、何事かをもそもそと口篭るとすぐにぷいっと目を逸らして手元の作業に戻ってしまう。
 何かを言いたそうな、何かに悩んでいるようなその様子に、アレクセイはふとさっきの出来事を思い出していた。
 一刻ほど前……。
 アレクセイはユーヌの悪戯にひっかかり、肌着の上に付けた緑風茨の具合を見せようと、バーンの前でチュニックの胸元を少し開いてしまった。
 その時はバーンの方が瞬時にユーヌの企みを見抜き、脱ぐまでは至らなかったのだが……。
(もしかしたら、気が付いたのかな?)
 いつもは鎧やきつめのチュニックで誤魔化しているが、それをはだけてしまえば女性特有の体型は見間違えようもない。
 まして冒険に出るようになってからは適度な運動や栄養のある食事の効果なのか、以前より身体の丸みも胸のボリュームも増している。
 いくらバーンが仲間を疑うような少年ではないといっても、同時にレンジャーとしての経験も積んだ目端の鋭い冒険者である事は確かなのだ。
(少なくとも疑ってはいる……よね)
 だとすれば、この態度にも一定の説明が付いてしまう。
(ひょっとして……怒ってる? 私が嘘をついていたから?)
 そう思い至ると、アレクセイはなんだかひどく寂しい気分に襲われていた。
 もちろんこのパーティーのメンバーは皆好きだが、中でもバーンはアレクセイにとっては最も気安い仲間である。
 年齢も近く、また価値観も良く似ている。
 最初の内こそぶっきらぼうで無口で、彼が何を考えているかはよくわからなかったが、今となってはそれは単に口下手で照れ屋なだけで、本当は少し甘いところがあるくらいの仲間思いで優しい少年だと理解していた。
 更に、自惚れでなければアレクセイには特に優しくしてくれていたように思う。
 それに、アレクセイがアイエールでいる時に出会った時には……。
(バーンは私を綺麗だって言ってくれた……)
 もちろん、遠からず自分が女だと言う事を話そうとは思っていた。多分。
 それは、きっとバーンなら正直に話せば女である自分も仲間として受け入れてくれると思っていたからだ。
 いや、今でもその考えは変わらない。
(ユーヌのバカ……)
 こんな形でわかってしまっては、バーンはきっと「騙されていた」と思ってしまったに違いない。自分でもそう感じるだろう。
 軽い気持ちで悪戯を仕掛けたに違いないユーヌがひどく憎らしく思えてきた。
(もう前みたいに話せないのかな……)
 すっかり気分が沈んでしまったので、アレクセイは今日はもう引き上げる事にした。
 数日中には敵の本拠地に向かうというのに、あまりテンションを下げると戦いに悪影響を招きかねない、とも思えたのだ。
「僕、今日はもう帰って休みます。明日また来ますから」
 そう言って立ち上がる。
 ……事ここに至っても男を演じてしまう自分が、ちょっと悲しかった。
「……ユーヌのバーカ」
 最後にそうつぶやくと、アレクセイは<赤目の船乗り亭>を後にした。


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