とある日の出来事


「なるほどねぇ……」
 確かにバーンがそう言って常に身奇麗にしているのはユーヌも知っている。
 だが同時に「いつも湖や川で身体を洗うだけだったから温泉ははじめて」とも言っていたのも良く覚えている。
 確かみんなではじめて温泉を見に行った時には「服を着たまま入るのはなんだか馴染めない」とも言っていた。
 ニヤリを通り越し、ニタリというのが相応しい笑みがユーヌの顔に浮かんだ。
「この時間になるとちょっと気になる女の子が来る、とか?」
 ユーヌがそう言うと、カキーン!と音がするほどバーンの表情が固まったではないか。
 その様子に、どうやらビンゴらしいとユーヌは内心ほくそ笑んだ。
「ほ〜〜。色町にも行きたがらないマジメっ子のバーンがねえ?」
 じたじたと逃れようとするバーンの肩をがっしりと抱き、ユーヌは彼の耳元で囁いた。
「お兄さんは嬉しいよ〜? ん? どんな娘だ? もう声くらいかけたのか?」
「そ、そんなんじゃない……」
 青息吐息の様子のバーンに、ユーヌは更に追い込みをかける。
「な? 別に女は汚くなんかないだろ? 男って生き物は、ご婦人方のスカートの下が気になるもんなんだって〜」
「あの人はそこらの酒場にいるような女じゃない!」
「やっぱり気になる娘がいるんじゃないか」
 ぐっ、とバーンは言葉を詰まらせた。自分があっさり自白させられた事に気がついたのだ。
 勝ち誇ったような笑みをすぐに引っ込め、
「お前さんの事だから、真面目そうな若い子なんだろ?」
 ユーヌはちょっと優しげな声でそう訊ねた。
 しばらく無言でユーヌを睨んでいたバーンだったが……しばらくすると、そっぽを向きながらも小さく頷いた。
「俺たちゃこんな稼業だ、明日には墓穴でお寝んねって事も十分あり得る。気になるんなら思い切って声かけてみりゃーいいじゃないか」
 ま、俺はそんなドジは踏まんがな、とユーヌは不敵に笑ってバーンの背中をぱんと叩いた。
「自信がないなら宝石屋で一丁奮発してネックレスでも買って持ってってみたらいいだろ。冒険者のウリと言えば街のモンよりアブク銭いっぱい持ってる事だしな〜。上手く行ったらお前一人用に部屋空けてやるぜ?」
 別に俺はそんな……とごにょごにょと口の中でつぶやくバーンは、やはり年齢相応の少年の顔をしていた。

「ふっ、暇つぶしのネタが出来た」
 そそくさと出かけるバーンの背中を見送ったユーヌは再びニタリと笑みを浮かべた。
 今日はきっと警戒しているから勘弁しておくが、いずれ後をつけてみよう。
 相手がバーンでなければたとえ今日でも気が付かれまいが、バーンはレンジャーだけあってそれなりに目端も利く。
 まぁ、よい。酒場女に拒絶反応を示すような初心で奥手なバーンのことだから、どうせ当分進展などあろうはずがないのだ。
「慌てる事は、全然ないな」
 ニヤニヤと笑いながら、グラムにでもたかるべくユーヌは酒場へと足を向けた。

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 それからしばらくの後……。
 バーンの姿を『オーヴェンの泉』で見る事が出来る。
 番台に料金を払って装備を預けた彼は、いそいそと薄衣に着替えると、表面上はいつもの仏頂顔で温泉に入っていった。
 もちろん、そっと背後に視線を送って青い髪が見えない事は確認済みである。
 だが……
(彼女はいない……みたいだな)
 まぁ、いつも会えるわけではないのだ。
 それでも少し落胆しつつ、手早く身体を洗い、温泉に身を沈める。
 最初の内は熱い湯に長時間浸かるのは苦痛だったが、最近はだいぶ馴染んできた。
 特に激しい訓練で身体を痛めつけた後は気持ちがいい。
(どうにもこの湯の中で布に纏わり付かれるのは慣れないが……)
 それでも、最近は「彼女」が見れなくても温泉が好きになり始めている気がするバーンであった。
 そんな事を考えながら、疲労を訴える筋を解しながら湯に浸かっていると……。
(あ、彼女だ……)
 一見してバーンと同じか少し上の年齢に見える彼女は、肩にかかる程度の短い柔らかそうなサンディブロンドの髪や、殆ど目が合った事はないけれど、おそらくは綺麗なブルーの瞳が美しい。
さらにすらりと細身でありながら女性らしい身体つきは、街中で見る品のない女たちとは全く違う清楚さと美しさを併せ持っている。
 ユーヌに余計な事を吹き込まれたせいなのか、バーンには彼女がなんだかいつもより眩しく見えるような気がしていた。
(しまった……)
 ……もしかしたらまじまじと見つめてしまったのに気付かれたのだろうか?
 バーンの視線から逃れるように、突然恥ずかしそうにさっと顔を伏せ、彼女はバーンからずっと離れた女たちが固まって風呂を楽しんでいるあたりに去っていってしまった。



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