とある日の出来事
(文:ぷらなりあ)
(絵:そめいF)


 その巨大な剣が空を切るたび大気は悲鳴を上げ、狭い中庭には不似合いなつむじ風を巻き起こした。

 大きく宙を斬る切っ先の軌道は愚直なまでに一直線。
 右肩に担ぎ上げた状態から袈裟懸けへと斬り落し、そのまま身体ごと旋回しての斬り上げ、更に右薙ぎ払い……フェイントも何もない、全てが一撃必倒の威力を秘めた斬撃。
 一切の溜めも、殆ど気勢もあげず、独楽のように激しく舞いながらその大剣を操っているのは、まだ少年の面影を残す線の細い青年であった。
 右へ、左へ。
 足取りも軽く体を入れ替えながら彼は同様の斬撃を繰り返す。

 青年の無造作に切り揃えられた真っ直ぐな黒い髪、薄いオリーブ色の肌はどこかの蛮族の血を引いていることを無言のまま語っている。
 顔は細面だが、黒い瞳が放つ眼光はあくまで鋭い。若いながらもそれなりに厳しい戦いを潜り抜けてきた戦士の目だ。
「ふぅ……」
 その青年……アレシアのバーンは、幾度か足捌きを確認した後、ようやく剣を引いた。
 改めて彼と並ぶとその剣の巨大さが嫌でも際立つ。
 長さも、幅も、厚みも並みの大剣より一回り以上大きい。
 刀身だけでバーンの身長と同じくらいはあるのだ。

「……いつもいつも熱心だなぁ」

 バーンが振り返ると、そこには長身のエルフ(エルフにしては、だが)がフィッシュアンドチップスを頬張りながら立っている。



「ユーヌか。もうすぐ食事の時間じゃないのか?」
 水色にも見えるプラチナブロンドのエルフの姿と、その手の中の物を見とめたバーンは汗を拭く手を止めてたずねた。
「おやつと食事は別腹って言うだろ? そこに新しい屋台が出てたんだよ。新発売のものはとりあえず食べてみるのが正しい冒険者のあり方ってもんだ」
 ユーヌと呼ばれた青年は、肩をすくめながらそううそぶいた。
「……女じゃあるまいに」
「そう言うなよ〜。アレクセイもこの間新しい屋台のクレープを買ってたぞ」
 アレクセイというのは彼ら冒険者グループの一人で、砂色の髪と青い瞳を持つ、ハイローニアスの神官職にある華奢な少年である。普通ならまだ修行中でもおかしくない若さながら、信仰呪文を操る技量は十分一人前と言えた。
「アレクセイの買い食いはなんとなく似合うが、ユーヌの買い食いはなんだか不真面目な気がする」
 ちょっと考えてバーンがそう答えると、ユーヌはなにが面白いのかニヤリと笑った。
「ほ〜。アレクセイには似合うのか。なんでだろうねえ」
「いつも思うんだが、お前、本当にエルフか?」
 彼と話していると心の中のエルフ像がブレて来る時がままある。
 バーンは少し呆れたように呟いて再び汗を拭き始めた。
「エルフにも色々いるさ。戦士にも色々いるようにな。お前さんのやり方も戦士としてはずいぶん変り種じゃないか。さっきの足捌き、まるでスカウトの真似事でもしてるみたいだったぞ」
 残ったフィッシュアンドチップスを口に放り込み、ハンカチをぱたぱたと振るって油かすを払い落としながらユーヌは言葉を続けた。
「普通はフェイントと組み合わせるもんだがね。まぁ、お前さんのバカでかい剣でそんな繊細な真似は無理かも知んないけど」
 自分のレイピアをぽんぽんと叩きながらそう言うユーヌに、
「俺は戦争屋じゃなくて魔物を狩る戦士だからな。人間相手にやるようなフェイントなんかは不要だよ。でもデカい怪物を相手にする時は間合いに踏み込むための動きも必要になる。ユーヌほどは無理でもある程度軽業の真似事が出来ないと、と思ったのさ」
 バーンはそう答えた。
 いずれは飛行の魔法や次元跳躍の魔法も駆使するつもりだが、まだそこまでの力はバーンにはない。今は少しでも素早く間合いに潜り込む体術を身に付けなければならないのだ。
「お、珍しく長口上だな〜」
「言ってろ」
 ユーヌの軽口には溜め息混じりの返事で答え、バーンは手早く剣を身に付けると手拭いなどが入った麻袋を肩に引っ掛けた。
 ちらり、と影の長さを確認すると十分いつもの時間に間に合いそうだ。

 ……と、そんなバーンの不審な行動?に何かを嗅ぎ取ったのか、ユーヌがつつつっと寄ってきた。
「どこかにお出かけかい?」
「訓練で汗かいたからな、ちょ、ちょっと温泉に行って来るだけだ」
 そう答えるバーンの頬は、微妙に赤い。
 そしてなんとなく目も泳いでいる。
「ほぉ……ちょっと温泉にねぇ?」
「ああ。ダンジョンの中や怪物はどんな毒や病気を持っているかわからないから、冒険者は常に身体を清潔にするものだ、ってのが師匠の教えだ」



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