ハイローニアスの僧侶
(文:そめいF)


ようやくアレクセイ(アイエール)も10レベルになり、転職条件も満たしたので、次回から「コンテンプラティヴ」を上げていこうと思います。
生僧侶も10レベルでお別れってワケですね。

そんなわけで、神殿に仕えるのが当然のこととして育ったアレクセイが、コンテンプラティヴを目指すようになったきっかけの話を考えてみました。


「お願いです!この人を助けてください!」

夕陽が差し込む神殿に、女性の悲痛な声が響く。
神々から癒しの御技を預かるクレリック達は、日常としてこのような場面に遭遇する。
中でも内戦の激しかったニロンド、隣国からの攻撃に晒されているシールド・ランドでは特に多い。
そのシールド・ランドの首都、クリットウォールのハイローニアス神殿には、連日重傷の患者が運び込まれていた。

素早くシスターが駆け寄り、運びこまれた騎士風の男性を診察するが、彼女は悲痛な面持ちで頸をふる。
「この方は…もう。」
まだぬくもりの残る身体。しかし、そのぬくもりは急速に消えつつある。

「そんなっ!お慈悲を!主人にお慈悲を!主人は国とハイローニアスの正義を奉じて…!」
騎士の妻が必死で懇願する。最後は言葉にならないほどだ。

素養があり、厳しい修行に耐えた僧侶の中には"蘇生"の術を使える者もいる。
だが、それはごく一握りであり、加えて王族・貴族をはじめとした位の高い者が優先される為、首都の大神殿と言えど、そのような僧侶の存在は僅かだ。
まして、夕刻ともなると、殆どの僧侶は癒しの術を使い果たしている。
この日も、そうだった。

一般的に、この種の呪文は発動が遅れれば遅れるほど、成功の確率は低くなる。
訓練を積んだ頑強な者であったとしても、それは変わらない。
女性が絶望の叫びを上げた時、ちょうど神殿にやってきた一組の男女があった。


「私が術をかけましょう。司祭殿。」
やってきた男女のうち、女性の方はハイローニアスの聖印を身に帯びており、ニロンドの女性神官の格好をしている。
男性は巨大な剣を背中に担いだ戦士風のいでたちをしているが、戦士にしてはやや軽装だ。
腰につけた小さなポーチは、魔術の物質要素を入れるために良く使われるもので、彼が魔法も使いこなす戦士であることが窺える。
「貴方は…?」
口元に髭を蓄えた司祭が、女性神官に声をかける。
「アイエール・リイノエと申します。リチャード1世殿下から、カタリーナ閣下への書状を運ぶ役割を仰せつかり、当地へ参りました。それで、こちらの神殿にもご挨拶を、と思ったのです。」

まだ少女のあどけなさの残る顔立ちながら、その瞳には強い意志の光をたたえている。
意思の力の強さは、術にも影響する。おそらく、彼女が“蘇生“を行えると言うのは、嘘ではないだろう。
同行している魔法戦士も、やはり少年の幼さは残るものの、その身のこなしにはまるで隙が感じられない。
ニロンドは使者の護衛として、歴戦の冒険者を雇ったのだろう。
この騒乱の時勢では、よくあることだ。

だが。
「協力の申し出は感謝する。 だが、これは我がシールド・ランドの問題である。自重していただこう。」
「…な…っ!!」「そんな…!」
女性神官の驚きの声と、騎士の妻の悲痛な声が重なる。

「一週間後、必ず術は執行する。」
「そんな、一週間も経っては、復活の可能性が下がってしまいます!」
「変更は無い。」
「なれど…!」
なおも食い下がる女性神官に背を向ける。

「貴女もシールド・ランドがハイローニアス信仰を国教としていることは存じておろう。」
ハイローニアスを国教とする国の首都に座す大神殿で、自国の民に術をかけることも出来ず、ニロンドの神官に頼ったとあっては威信に傷がつく。
只でさえ国家が疲弊している時に、1人の騎士の為に外部の者の手を借りたとあっては、国民は失望し、心の拠り所を失う。
飛躍した考えではあるが、それらの不安が内乱にすら発展する可能性もある。

だが、高位の神官の数は元々少なく、さらに、この戦乱で壊滅的な打撃を受けた。
その彼らの術をまつ人々とて、この騎士の妻と同じように奇跡をまつ身である。
順番を変えるわけにはいかない。

事情を察知し、声を落とした女性神官に背を向け、彼は執務室へと戻った。


【BACK】  【NEXT】      【TITLE】 【HOME】