アレクセイの危機
(文:そめいF)
トーチ・ポートの郊外に、ガラクタにガラクタを重ねて作られたような小屋がある。
小屋の主は、それを「店」と呼び、ガラクタの山を「商品」または「発明品」と言う。 一応、魔法がかかっているそれらの「商品」を見に訪れる冒険者もたまにはいるが、大抵は期待はずれに終わってしまうのだ。 そんなわけだから、店主であるトロンの懐事情は厳しい。 たまに金が入っても、殆どは「発明品」につぎ込んでしまう為、目下彼の胃袋を支えているのは同居人の食事の分け前のみとなっている。 その同居人に、この数日は珍しく客が来ている。 始めに来たのは巨大な剣を担いだ戦士風の男だった。 戦士にしては珍しく、呪文の構成要素を入れるポーチを下げていたのが印象的で、顔も覚えている。 客でもないくせに、人にものを尋ねるときに愛想のカケラも見せる事がない、無作法な男だった。 同居人の女性は「やや細面だし、エルフの血が入っているのかもしれない」と評したが、ノームである彼に人間の顔の基準などは分かろう筈もない。 その男に誘われて外出した同居人の女性、ウィンシーは帰ってくるなり部屋に閉じこもって魔術の研究に明け暮れている。 冒険をしてきたとの事だったが、そこで何か閃くものでもあったのだろうか。 彼女が閉じこもってしまった事で危機に陥ったトロンの胃袋は、今は人間の少年が作る料理によって満たされていた。 少年の名はアレクセイ。 ハイローニアスに仕える神官になったばかりだという彼が、研究で疲労したウィンシーを信仰の力で癒すついでに食事を作っていくのだ。 同居人同様、こちらも不思議な少年だった。 まず、14歳という年齢は神官としては若すぎる。 人間の場合、普通はいくら若くても17歳になるまでは一人前の神官になど認められる筈がない。 さらになぜ魔術師の家に神官が来るのかも理解できなかったが、まずは都合のいいことだし、受けておく事にしていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 翌朝、その少年神官は上司であるハイローニアスの神父から呼び出されていた。 「神官アイエール・リイノエ、あなたにお願いがあります。」 「なんなりと。」 答えるアレクセイは神官服のスカートの端を少しつまみ上げ、神父の言葉を待つ。 そのアレクセイに、神父は近くの村までの使いを頼むと、ゆっくりとした口調で続けた。 「いつもどおり、少年の格好で行くのですか?」 「はい。 今回も仲間を誘っていこうと思いますので。」 答えて軽やかな足取りで退出する彼女の後姿を、ため息をつきながら神父は見送った。 「まったく、変わった方もいるものだ。」 女性の神官自体は珍しい事ではない。 この町の北にある”塚ふもと”の村にはリーストラという女性の神官もいる。 変わっているのは彼女の言動。 まず、こんなにも外に出て働きたがる女性の神官は稀だ。 ハイローニアスが戦神である以上、戦いに出るのは良いとして、普通の者ならば避けるような危険な探索にも嬉々として出かけている。 それに、17歳の女性でありながら、アレクセイと言う偽名を使い、14歳の少年として通している事。 本人は「女性だと冒険者の仲間にしてもらえないから」と言うのだが…。 「さほど、意味があるとは思えないのですが。」 つぶやく。 先日冒険の報酬を受け取りにやってきたローグ…名前はユーヌといっただろうか。 彼などは明らかに見破っている風であったし、そもそも変装というよりは男装と言った方がよいくらいなのだ。 ささやかな不安を感じつつも、彼女が仲間を探しに向かったであろう酒場の方角を見遣った。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− |