開始前SS シャオリー
(文・イラスト:そめいF)

  


 ヴァリシア地方西部に位置する港町、リドルポート。

海賊によって建設され、犯罪者によって支配される、所謂「無法都市」であるこの町では、今日も騒ぎが起こっていた。
町外れで若いウィッチが開いた施薬院を、近くに拠点を持つリサーラ教団が締め出しにかかっているのだ。

もちろん、このような汚れ仕事は神殿が直接行うのではなく、ギルドを通じて行なわれている。
建物を打ち壊す乱暴な音が響き、施薬院に集まっていた客達のどよめきが起こる路地。
施薬院から乱暴に引きずり出され、建物が破壊される様子を呆然と見詰める若い女性。
彼女は名をシャオリーという。

内海地方から遠く東に離れたティエン・シア出身の母親と、マグニマール出身の父親から生まれ、ウィッチである母親から呪術や秘術の手ほどきを受けている。
その呪術は1人で多くの人々を癒すことができるものもあり、彼女はいくばくかの謝礼を得てこの術を用いていた。
しかし、町から離れた森で育ってきた彼女は世間に疎く、この行為が神殿の反発を招くことを十分に考慮していなかった。

建てて間もない施薬院が、たちまち瓦礫と化してゆく。
やがて、建物がすっかり瓦礫の山にかわった頃、彼女を押さえつけていた男達は彼女を地面に叩きつけるかのように解放し、笑いながら去って行った。

「あいたた。」
手を擦りむいてしまった彼女に、客だった男が声をかける。
「大変だったな、あんた。 ここはきっと、あんた向きの町じゃないんだよ。」

世の裏と表を知らぬ者が生きて行くには、あまりにこの町は過酷だ。
彼女は男の勧めにしたがって、フォールクレストの地主への”紹介状”にサインし、海路ネンティア谷へと向かった。

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ネンティア谷は人口も少なく、彼女好みの環境と言えた。
唯一つ、重大な問題を除いては。

彼女がサインした”紹介状”は、この地の地主であるアーモス・カムロスという、50代の男に届いていた。
それは巧妙に文面が変更されており、曰く、彼女は3年間彼の下で、彼の望みどおりの仕事をこなさねばならないという。
彼女は、あの親切を装った男に、”売られて”いたのだ。

愕然とするシャオリーに、面接をする執事長が淡々と業務を告げる。
「あなたには、旦那様の趣味である研究の助手と、野外での護衛、そして日によっては夜の相手を務めていただきます。」
「え・・・ええっ?!」
「早速今晩お願いします。断ったり逃げ出した場合には…わかりますね。」

館はアーモスの私兵によって見張られている。
今の彼女1人での突破は難しい。

青ざめるシャオリーを残し、彼は次の業務へと向かって行った。

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夜、彼女の姿はアーモスの寝室にあった。
使い魔のキツネ、タイシアンとは引き離されている為、秘術呪文を使うことは出来なくなっている。

「どないしよう・・・」
母親譲りの怪しいティエンなまりの響く寝室に、まだ部屋の主はいない。
1人待ちながら部屋を見回すと、ふと目に留まるものがあった。

1世紀ほど前に栄えた人間の帝国、”ネラス帝国”に関する書物。

「そういえば、アーモス卿は遺跡の研究が趣味とか言ってはったな・・・」

軽く手にとってみる。
その記述によると、かつてネラス帝国はこの地にあり、繁栄を謳歌していたという。
現在彼女がいるフォールクレストの町の北西にある、”冬越村”付近にある遺跡も、その帝国の遺産だと。

「冬越村のそばにあるお城? あまり戦略上意味がある場所にあるとは思えへんのやけど。」

そういって、急いで本に目を通したのち、そっと本棚に戻す。

アーモス卿が部屋に入ってきたのは、その直後のことだった。

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「・・・ほう、なるほど、その考察は面白いな。」
寝所に入る前、本を元に得た考えをアーモス卿に告げたところ、彼は瞳に少年のような輝きをたたえてそういった。

「戦略上あまり意味がないと思われる場所に、城はあった。 これが何を意味するかということだな。」
「そうどす。なにか、太古の神秘が宿っているという可能性もあります。」

彼女はふるさとに伝わる話や、母の故郷であるティエン地方の話を交え、なるべく彼の興味を引くように話してゆく。
話の合間、合間にはたっぷりと杯に酒を注ぐ。
そうして夜も更けたところで、彼女はまだ誰にも話したことの無い、取って置きの呪術を発動した。

”まどろみ”といわれるその術は、対象を瞬時に眠りに落とす魔力を放つ。
アーモス卿が眠りに落ちたことを確認すると、彼女は静かに息を吐いて、崩れるようにソファに腰掛ける。

「(あ、危なかった・・・)」

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翌朝、事を成しえなかったアーモス卿は軽く後悔をしたが、その日以降いつも用意される興味深い話に聞き入ってしまい、ついつい酒をあおって『いつのまにか』寝てしまう日々が続くのだった。

彼女は髪型や化粧に極力気を使わないようにし、卿の気をひかないようにした。
できれば湯も使わずに嫌われたいところだったが、それは強制的に使わせられた。

そんなある日、アーモス卿はパルロ・クレインウィングという学者が遺跡の調査を行なう事、そしてメンバーに秘術に通じた者がいない事を聞き、シャオリーを派遣することを決断する。
この数週間ですっかり刷り込まれた、「遺跡に対するロマン」を主張して。

「やったやったー!これで身の危険脱出や!」
集合場所へと向かう彼女の表情は、実に晴れやかだった。





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