アリスの居場所

(文・ぷらなりあ)

アリスのエンディングSSです。

あんまり推敲とかしてない勢い任せの物なので多少見苦しい所があったらカンベンしてつかぁさいw
ではまぁ、よろしければアリスの最後のお話にお付き合い下さい。

あ、ちょこっとですがヒエンとターニャ、最後の締めはクーを使わせていただいています。
かなーり皆さまのイメージと違ったらツッコミを入れてやってください(^_^;)





 ガルーンド大陸東岸の国カタペシュ……その西方交易の拠点ソルクはこの国第二の規模を誇る大きな町である。
 砂漠の交易路の中継点であるから、カタペシュの西へ向かう者、東へ向かう者は必ずこの町を通らなければならない重要拠点である。
 もちろんこの町と周辺街道の治安維持は重要課題であり、かつてはサーレンレイ砦が築かれ女神の加護が守護していたというが、すでに女神の加護は衰え、現在はアイオーメディのパラディンの一団が騎士団を組織してソルク防衛にあたっているのだった。

 そのソルク騎士団の演習場……と言ってもただよく踏み固められただけの野原だが……に、数十人の歩兵隊が二つに分かれて演習を行っている姿を見る事が出来る。
 近寄ってよく見ると、この兵たちが、兵だけではなく指揮している者たちもとても若く、また女性が多い事が見て取れるだろう。
「本隊、二列横隊のまま前進! 弓隊、10歩前進して射撃開始!」
「敵、射撃開始!」
「本隊、亀甲防御!」
 二列横隊の薄いテルシオ(中央に堅固な盾+パイクの槍衾、側面に袖のように支援弓兵を配置する陣形)同士が矢を応酬し、それを亀の甲のような盾の壁で跳ね返し、隙を見てはじりじりと間合いを詰める……槍で押し合う間合いに入ると弓兵たちは剣を抜き、側面を取るために、あるいは守るために近接戦を行う……そんな戦いが繰り広げられていた。
「射撃やめっ!抜剣!」
「回り込め!」
 このような重装歩兵用陣形は、もともと広い砂漠での機動戦に適応した兵が多いカタペシュにはあまりなかったものである。
 実際何も考えず重装歩兵を繰り出せば、戦場に辿り着く前にへたばるのが砂漠の戦場というものだ。
 こんな鋼鉄の力に物を言わせるような戦術は、兵士の練度を高める余力があり、さらに戦場までの補給線が短く気象の過酷でない地域でしか使えないのである。
 ところが2年前、そんな「この地方の常識」に挑戦する余所者が、当時の騎士団長に見込まれ員数外戦士としてソルク騎士団に加入した。
 かつてケルマレイン解放戦、ショゴス撃滅戦などで活躍したパスファインダーのパーティー『砂漠の隼』の一人、アリスである。
 もともと、常時内戦を繰り広げているアヴィスタン亜大陸北東の国ブレヴォイで傭兵をやっていたアリスは、かの地の熟練傭兵たちが野戦に用いている守備の固い方陣を、小隊スケールに縮小して部下(?)たちに教え込んだのだ。
 最初は「砂漠の現実を知らない小娘が馬鹿な真似をしている」と嘲笑っていた騎士たちであったが、大規模なノール討伐戦や防衛戦において彼女らが戦果を上げ始めると、驚くとともに焦り始めた。
 パラディンや騎士階級出身の「騎士」たちが多くを占めるソルク騎士団において、員数外戦士は所詮半端者である。
 いかにアリスが冒険者として無類の力を持っていようとも、アリス個人の戦果がもたらす「名誉」はアリスを指揮する「ソルク騎士団」のものと言う事が出来る。
 ……アリスを指揮出来る騎士などいないので、当初1年ほどアリスは彼女と彼女を慕う数人の配下だけを伴った遊撃任務ばかりを行っていたので、「指揮する」とは言っても実態からはかけ離れているのだが、個人レベルであればなんとでも言い繕えるのだ。

 ちなみにこの「配下たち」に色々引っかかっている者も少なくない。
 この配下たち……アリスは「部下ではない」と言ってはいるが、まずアリス以外の騎士の命令は聞かない。
 もちろん身分のある者が面白かろうはずはない。
 とはいえあからさまには叱責も出来ない。
 なにしろアーチャー兼ローグのリーセロッテは兎も角、剣だけではなく魔法のスペシャリストでもあるメイガスのリーセアリア、そして高位クレリックであり各種アイテムを作成出来る優秀なマイスターでもあるシスタークリスカ(ソルクの歴史的に色々微妙なサーレンレイのクレリックではあるが)と、誰であれ機嫌を損ねたくない力を持っていた。
 特にシスターは、神殿に行けば何日も待たされ高額の寄付を言外に要求される復活呪文すら使いこなせるのだから。
 アリスを含め全員妙齢の女性(それも揃いも揃って美女ばかり)なのでアタックをかける勇者もいるのだが、悉く撃沈しているのもおそらくは色々引っ掛かりを作っているのかもしれない。
 またある時、彼女らの中で一番愛嬌があり抜けていそうなリーセロッテを暗がりに連れ込もうとした者がいたのだが、不埒者どもは全員袋叩きにされ、素っ裸で市の立つ広場に晒される、という事件があった。
 もちろん晒された者たちとメンツに泥を塗られた関係者……実は高位のソルク騎士団員や地元有力者の息子たちだったのだが……には大いに逆恨み(複数に袋にされたので個人というより全体が、だが)を買っているようだ。


 閑話休題。
 兎に角アリスが個人的な配下を連れてあげた戦果はソルク騎士団に帰する事も出来る。
 アリスは個人の名誉にあまり頓着しないので、多少の軋轢はあってもそれでそれなりに上手く行っていた。
 アリスを招聘した騎士団長もそのあたりを心得ていて、多くの経済的な利益はアリスに回し、少々の経済的利益とほとんどの名誉を騎士団が得ることで共存出来ていたのだ。
 そうしてアリスはソルク騎士団の遊撃隊として短期間に数多くの冒険をこなし、多くの名のあるノールや敵対的クリーチャーを平らげ、ソルクに安全と財貨をもたらした。
 しかし結果的に言えば、アリスは頑張りすぎたのだろう。
 1年ほど前、めざましいソルク騎士団の戦果が認められ、アリスをソルク騎士団に誘った団長が首都カタペシュのアイオーメディ騎士団に栄転した。
 後を引き継いだ新団長は、更なる戦果を挙げさせるために、アリスを慕ってソルクにやってきた元孤児たちやアリスを慕う若手の戦士たちを組織して彼女の指揮下に置いたのだ。
 部隊の指揮など経験のないアリスは部隊指揮権を持たされるのを嫌がったのだが、それでも若者たちを渡されてしまえば見捨てていられるような性格でもなかった。
 アリスはまず若者たちに体力と優秀な装備をつけさせようとした。
 新しい宿営地を作ると称して材木を伐る、運ぶところから重労働を課したのだ。
 新米たちの指揮は高給で雇い入れたドワーフの職人に委ね、その間アリス自身はいつものメンバーだけを連れてエル・ファタールのダンジョンを片っ端から攻略して行った。
 そこで得た巨額の財宝を軍資金にして、アリスは自分の部隊全員に分不相応なほどの武器防具を装備させ、荷馬車や馬を揃え、馬丁や従者を雇い入れ、またアリアやクリスカにワンドの量産をさせた。
 兵士たちに毎日給金を払ってみっちり訓練し、移動距離が長ければ馬車で移動し、厳しい環境での戦闘が想定されるならエンデュアエレメンツを全員にかけ、敵が多ければファイヤーボールをつるべ撃ち(リーセ姉妹がワンドを使って冗談抜きで連射が出来る)にする……と、要するに魔法力と資金力に物を言わせ、強引に重装歩兵隊をねじ込んでしまったのだ。
 たかだか1個小隊でも、従来の部隊に比べて格段に防御力と面制圧力に優れる部隊の投入は劇的な効果があった。
 今までは少人数ゆえに手が回らなかった、大規模なノールの集落の討伐や山賊のアジトへの強襲、集落や町の防衛などが出来る様になったのだ。
 また、優秀な装備と呪文支援を受けている彼らは損害が増えず、ほとんどの兵士が生き残って経験を蓄積していくのも大きいだろう。
 生残性の高い古代ローマ軍兵士が他国の兵に比べて精強だったように、アリス隊の兵士も経験を積み、精強さを増す事で複雑な戦術もこなせるようになり、更に戦果が上がって行った。
 それは全く良い事なのだろうが……部隊の功績となると、さすがに騎士団全体の名誉とはならなくなってきたのだ。
 少人数なら誰がやったのかよくわからないが、部隊がやったとなれば関係者も相当な人数(兵士指揮官が40人ほど、他に輜重・支援要員が20人とかいる)になり、とにかく目立つ。
 こうなってしまえば、今まで潜在的であった軋轢が一気に顕在化してくるのだ。
 たとえば今まではアリスの「冒険者の流儀(依頼を受けて奪回した以外の財貨は勝ち取った人間の物)」が罷り通っていたのだが、アリス隊ばかりが強化される様子を見れば色々と横槍が入ってくるようになった。
 優秀な兵士に引き抜きをかけたり、騎士に箔をつけさせるための参陣要求をしてきたり、ワンドの融通を強要されるなども日常となってきた。
 そうなると自然と騎士団員たちや他の員数外戦士たちとの関係はギクシャクするようになり、つまらない諍いやセクハラも頻発するようになっていた。
「たいちょー、そろそろ時間だと思いますが」
「…………。」
「……アリスたいちょー?」
「ん、ああ、すまない。どうした?ロッテ」
「……またお偉いさんになんか言われたんですか?」
「ああ、なんでもないよ。少し疲れてるんだろう」
 心配そうに顔を覗き込んでくるロッテに薄い微笑で答えると、アリスは兵士たちに向かって大きく声を張り上げた。
「演習終了!……隊伍を組んで宿舎に向け行進!各自武器を整備して解散だ!」
「「「了解」」」
「声が小さいっ!!」
「「「了解っ!!」」」

 そんなアリスたちの様子を観察している者たちの姿を、演習場の近くの騎士の別宅の二階に見る事が出来る。
 商人風の男が二人、剣を佩いた騎士と思われる男が四人……ある者は冷めた目で、ある者は憎々しげにアリス隊の行進を見つめていた。
「本当にあの者に任せてよろしいのですかな?あの女、盗賊退治は了解したが奴隷奪還までは約束しかねると申しましたぞ」
 中でも特に身なりの良い騎士がため息交じりにそう言った。
「なに、成功すれば万々歳。失敗しても邪魔な英雄様がいなくなるだけの事。奴隷などどうでもいいのですよ。連れ戻られてもどうせ見せしめに責め殺すのですし」
 身なりの良い騎士に高級そうな葉巻を差し出しながら、商人風の男が薄ら笑いと共に答える。
 その男の身分は商人のようだが、着ている服や身に付けた装身具は騎士たちよりもよほど上等そうだ。
 するとそれを聞いていた別の騎士が苦々しげに床に唾を吐き捨てた。
 その壮年の騎士は身なりこそなかなか良いが、腕をどうにかしたのか赤い羅紗で左腕を吊っている。
「おやおや、荒れていますね。落ち着くためにもまずは治癒魔法をかけて貰いに行ってきたらどうです?」
 もう一人のまだ若い風貌の商人が面白そうに口元を歪めながらからかうと、壮年の騎士は更に鼻息を荒くした。
「怪我人が多すぎて坊主どもの手が回らんのだそうだ!」
 そして騎士は丁度窓の下を通り過ぎるアリスたちを腹立たしげに眺めながら嘯く。
「砂漠の隼か何か知らぬが、奴らが立て籠もる枯れオアシスは砂砂漠の真ん中だ。馬車では上手く近付けぬし、重装歩兵であればこそどうにもならんわ。まして数は儂の部隊の三分の一以下、今度こそあの生意気な女も終わりよ」
 以前自分の息子に大恥をかかせ、家の面体に泥を塗ってくれたアリスたちが無様に負ける姿を想像しているのか、くつくつと含み笑いを浮かべている。
「……それほどまでに奴らは強いのですか?たかが逃走奴隷なのに」
 やれやれ、と肩をすくめながら訪ねる若い商人に、壮年の騎士は暗い声で答えた。
「砂漠の作戦の一番の敵は砂漠だ。騎士も兵も暑さと疲労でまいっているところに、奴らは何度も待ち伏せ攻撃をかけてきた。問題の枯れオアシスに着く頃には実戦力は半分以下、士気は最低水準に下がっていた」
 そんな情報は教えてやらんが、と騎士はつぶやく。
 そしてぐびり、とワイングラスをあおると彼は暗い目をして言葉を続けた。
「そしてオアシスの手前で儂らを迎え撃ったのは……かつてオケノの地下闘技場で無類の強さを誇った剣闘士奴隷、あまりに反抗的なので西部の鉱山にたたき売られ、地下奥深くに繋がれながらも生き延び、それにとどまらず奴隷どもの集団脱走を指揮した『狂獣』ダルドなのだ……」

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「ふ〜〜ん。『狂獣』ダルドですかぁ〜〜」
 数日後。
 ケルマレインから南東に向かう街道に、アリスとアリス隊の面々の姿を見る事が出来る。
 アリスの説明に間延びした返事を返したのはレンジャー/ローグのロッテである。
 2年前アブサロムから引っ付いて来て以来、今では一応副官っぽい立場にはなっているのだが、緊張感の足りなさは相変わらずである。
 もっとも戦場やダンジョンでは非常に頼りになる斥候なのだが。
「そんな厄介な相手なら、どうしてケルマレインの寺院に本隊を置いて行っちゃうんですか?」
 そんな疑問を投げかけたのはシスタークリスカ。
 ロッテ同様アブサロムで出会ったクレリックなのだが、アリスに心酔しサーレンレイ寺院を飛び出しついてきてしまったのだ。
 色々アブサロムのサーレンレイ寺院には世話になっている身として、貴重な高レベルクレリックを引き抜いた形になってしまった事をアリスは心苦しく思ったものだが、再びソルクやその近辺に影響力を持ちたい寺院はアリスを責めたりはしなかった。
 むしろアリスやクリスカの後押しでソルクやケルマレインのサーレンレイ寺院が大きくなりつつあるので喜んでさえいるようだ。
 その関係で、今回本隊と輜重隊の宿営地に寺院の庭先を借りるのもスムーズに行ったというわけだ。

「ここより南はほとんどが本物の砂砂漠。馬車での輸送は困難だし、全員に何日もの間エンデュアエレメンツをかけるのはさすがに現実的じゃない」
 簡潔にシスターの疑問に答えたのはロッテの双子の姉でメイガスのアリアだった。
 アリアはロッテやクリスカのようにアリスに心酔しているというわけではない(というかロッテとクリスカが変。アリアは普通に戦士としてのアリスを尊敬・信頼している)が、折角再会した妹と離れるつもりはないようで、アリス隊の貴重な魔法支援役におさまっている。
 特にいざという時の爆発的な面制圧力を支える秘術系ワンドはアリアが一手に引き受けて生産している。
「だから隊長と私たち3人、選抜メンバー4人だけで本拠地とみられる枯れ井戸に向かって、本隊にはラクダの買い付けや砂漠での移動訓練をさせながら待機させているんだと思う。……そうですよね?隊長」
 さらに言葉を続けるアリアだったが……。
「…………。」
「アリス隊長?」
 しかし問いかけられたアリスは何事かを思い悩んでいる風で、アリアの話を聞いている様子はない。
 歩みこそしっかりしているが、心ここにあらずの様である。
「アリス様、どうされたのですか?」
 心配そうに身を寄せるのはシスタークリスカである。
「アリスたいちょー、またお偉いさんに嫌味でも言われたんだよ、きっと」
 負けじとクリスカに対抗し、ロッテはアリスの左腕にしがみついた。
「アリス様が歩きにくいでしょうっ!?」
 ロッテの様子を見たクリスカも、アリスの右腕にしがみつく。
 両側にいらぬ錘にぶら下がられ、さすがにアリスの意識は物思いの世界から引き戻されてきた。
「ちょ、お前ら重いぞ」
「そんな重くなんかありませんわ〜!?」
「フルプレート着てるんだから重いに決まってるじゃないか〜〜」
「やーい、怒られた〜〜」
「きーっ!なんですってー!」
「……ロッテだって軽かないよ……」
 さっきまでの事を何も聞かず、ロッテとクリスカはやいのやいのと騒いでいる。
 アリアと他の兵たちも生暖かい笑みを浮かべて遠巻きにしている。
(……気を遣わせているな……)
 近頃、自分のテンションが急激に低下しているのは自覚している。
 なまじ組織に属しているだけに断りきれない仕事が多いのだ。
(砂漠の隼の時代が懐かしい……。この4人とダンジョンを荒らし回ったりするのも気楽で楽しかった……。飼い犬はつまらないな)
 部隊を押し付けられてから特に気に入らないのは「奴隷奪還」「逃亡奴隷の捕獲」の命令がある事だ。
 元々奴隷紛いの最底辺から這い上がったアリスは奴隷の存在を気に入っていない。
 奴隷を酷使する者たちも、奴隷の身に安住する者たちも好かない。
 なので今までもなんやかや理由を付け、自由への渇望を持つ何人もの奴隷を見逃した。
 しかしその度に軋轢が増える。
 奴隷制度を嫌うアリスを「まるでアンドーラン人のようだ」と嘲笑する者が少なからずいるのも知っている。
 更に特に今回は逃亡・略奪された奴隷の数が多いので、可能な限り多数捕えてくるように厳命されている。
(ジョン隊長も栄転したし、そろそろ義理は果たしたよな……)
 相変わらず纏わりつく二人の重みを感じながら、アリスは今日何度目かになるため息をつくのだった。

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「アリスたいちょ〜〜!この先で待ち伏せです〜〜!」
 先行してピケットを行っていたロッテが隊列に駆け戻ると、開き直ったように前方の砂丘の稜線の砂の中から10人ほどの人影が現れた。
「昼間にまで砂に潜って待ち伏せとはご苦労な事だな……。打ち合わせ通りに防御陣を敷け。まず各自の射程で弓射戦開始だ」
 アリスの号令に従い支援要員の一人がラクダを宥め、残り三人がタワーシールドを並べて即席の陣地を構築し、クリスカの祝福を貰って残りの三人はコンポジットロングボウを引き絞る。
 あらかじめ指示されていた迎撃方法なので、各人の動きに全く淀みはない。
 出身身分が最底辺で、まともな教育すら受けていないアリスは軍事理論については素人同然だった。
 ただ傭兵隊でわけもわからず剣を振り回していただけと言っても過言ではない。
 しかし子どもの頃から城や砦といった戦闘用構造物には大いに興味があった。
 攻める側、守る側双方の立場から城塞について学んだ彼女は、野戦にもその理屈を取り入れた。
 盾や障害物を並べて簡易要塞を構築する戦い方である。
 歩兵隊が一緒なら「歩兵隊の城壁」「弓隊の防御塔」を線として運用する事になる。
 また頑張って戦術に関する本を集めて勉強もしているようで、基本の考え方はそのままに改良を加え続けた。

以来、守って守って相手が焦れて崩れたところに斬り込み、指揮官の首級をあげるのがアリスと彼女の隊の得意戦術となっている。
「……あまり訓練されていないようですね」
 稜線の兵たちは、勇敢に身を乗り出すようにしてクロスボウを放ってくるのであるが、ロッテがマシンガンのように矢継ぎ早に矢を射ち始めると、彼らはバタバタと倒されていった。
 敵の様子を眺めていたアリアが思わずそのような呟きを漏らしたほどである。
「本当に騎士団の部隊を二度も撃退した連中なのでしょうか?」
「……ただの盗賊の可能性がないとは言わないが、街道からも外れた砂漠の真ん中ではあまり考えられないな」
 アリアの疑問にそう答えると、アリスは弓をしまって背中の大剣を抜いた。
「指揮官っぽいヤツを捕えよう。アリア、ヘイストをかけてくれ」
「了解」
 魔法のサポートを受けたアリスは、いつもの倍の速度で相手方指揮官に向かってダッシュしていった。

 結局のところ、指揮官はあっさりと捕まった。
 恐らく元は剣闘士奴隷であろうその若者は必死に抵抗しようとしたが、アリスの腕には遠く及ばなかったのである。
 ロッテの矢を受けて倒れた兵たちも、治療呪文によって多くは死は免れた。
「こちらは損害ありません。相手方は戦死1人、捕虜9人ですわ」
「わかった。……支援隊の4人に俺たちから少し離れた位置での捕虜の保護・連行を命じてくれ。練度がこの程度なら、20人や30人が相手でもどうとでもなる」
 するとアリスのその物言いを聞いた指揮官は、いきなり爆笑し始めた。
「……ああ、そうやって舐めているがいいさ。都会のモヤシ騎士風情がたったそれだけの人数でダルドを討ち取れるもんか」
 涙を流しながらそう言い放つ指揮官の若者だったが……。
「舐めていないからこの人数なんだよ。それと、ダルドは俺が一騎打ちで仕留める」
 そう言いつつ、アリスの表情は獰猛な人喰い虎のそれに変化していた。
 若者はアリスの酷薄な笑みにうすら寒い物を覚えているようだったが、彼女を慕ってついてきた3人は、強敵の予感に本来の姿を取り戻しつつある様子に、顔を見合わせて満足そうな微笑みを浮かべていた。

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 確かにアリスは油断しているわけではなかった。
 毎日全員にエンデュアエレメンツをかけ、先行偵察を欠かさず、待ち伏せを見付けては確実に潰していった。
 砂漠を進み始めて3日……。
 目標の枯れオアシスが見えてきた頃には、都合4度に渡って待ち伏せ部隊を全滅させ、30人の捕虜を捕えて連行していた。

 そして……バリケードで囲まれた枯れオアシスの入り口にはたった一人、両端に大きなスパイクを付けた鎖を担いだ巨躯の男が立ち塞がっていた。

「誰も戻って来ねえからどうした事かと思っていたんだが……今度の討手は随分手練れのようだな」
 そして男はアリスの姿を認めると、ニヤリと笑った。
 見た目の第一印象からして狂獣の名に相応しい。
 6フィート半はあろうかと見える長身は、みっしりとした筋肉の鎧に覆われている。
 くたびれた革鎧に包まれた長年太陽に焙られ続けた赤銅色の肌、そして長い暗赤色の髪と髭が獣じみた姿を更に引き立てているようだ。
 だがその鳶色の瞳は案外理性的で優しそうでもあると、アリスには感じられた。
「お前がダルドだな?……噂通りすごい迫力だ。久しぶりに全力をふるえそうだ」
「ふん……。前来た連中は西瓜みてえに歯ごたえがなかったが、アンタは違いそうだ。強くてその上めっぽう別嬪を寄越してくるたぁ、奴隷商人どももずいぶん気が利いてるじゃねえか」
 素直なアリスの賞賛に、ダルドは鼻を鳴らすとそんな軽口で答えた。
 アリスは注意深くバリケードの様子を観察してみたが、兵が背後に隠れている気配が全く感じられない。
 ただ恐怖に怯えた女や子供、老人の目がいくつかこちらを見つめているだけだった。
「戯言を……ところで兵士がいないようだな。まさかとは思うが、あんた一人で俺たちを止めるつもりなのか?」
「あっはっは!そこは予定が狂いまくったという事さ。こっちも人数がいるわけじゃないからな、全力で待ち伏せしに行って結局このザマよ」
「……それにしてもよくクソ暑い砂漠のど真ん中で待ち伏せする気になるな」
 全力で待ち伏せというのもすごい話である。
 ついつい呆れたように呟いたアリスに、
「俺も俺の仲間たちも砂漠や鉱山の奴隷を経験してる。暑さには嫌って言うほど慣らされてるのさ」
 笑いながら彼はこう答えた。

 そしてダルドは楽しそうに少し錆の付いたスパイクドチェインを突き出す。
「こうなったら破れかぶれだ。俺様一人でアンタら全員蹴散らすしかねえな」
「……出来るかな?」
 アリスの柳眉がきりと上がり、口元が抑えきれない愉悦の笑みを漏らす。
「自信がなきゃ降伏してるさ。……おねーちゃん、名前は?俺はダルド。剣闘士ダルドだ」
 ダルドの筋肉がさらに盛り上がる。
 身体の奥底から湧き上がる興奮を熱狂に換える……レイジ状態に入ったのだ。
「ソルクの戦士、アリス。参るっ!」
 先手を取り、20mに近い間合いを一気に突撃したのはアリスだった。
 必殺の力を込め、刃がダルドに襲いかからんとする。
「甘いわ!」
「くそっ!」
 が、大剣を肩に担ぐようにして駆け寄った瞬間、ダルドの鉄鎖の迎撃が先にアリスに襲いかかった。
 アリスは辛うじて鎧で受け止めたが、体奥に受けた衝撃は軽くない。
 だがアリスの斬撃もその程度では止まらなかった。
 鉄鎖の直撃お構いなしに間合いに踏み込むと、そのまま強引にダルドの肩口に剣を振り下ろしたのだ。
「ふんっ!」
 が、ダルドもさる者。
 躱せないと見るや更に一歩踏み込んで、剣の根元を肩で受けに来た。
 それでもみすぼらしい革鎧一枚で止められるものではないのだが、
「貴様……」
 テンペストの一撃は彼の鋼のような筋肉に阻まれ、肉には1インチもめり込んではいない。
 アリスが呆れたように目を丸くすると、ダルドは「今度はこちらの番だ」とばかりにニヤリと笑った。
 瞬時に剣を引いてアリスが防御態勢を取ろうとした刹那、
「喰らえっ!!」
 右から、左から、裂帛の気合と共に鉄鎖が唸りを上げてアリスに襲いかかる。
 ×印を描く様に地面からすりあがった鎖は、ほぼ同時にアリスの胸甲を激しく叩き、彼女の口から血泡が噴き出す。
 しかし嵩にかかって更なる一撃を加えようと、半歩体を開くようにして放たれたダルドの一撃は、外套を毟り取られながらも鎖の流れに合わせて身体を流したアリスに綺麗に躱された。
 更にアリスは流した身体の勢いに剣を乗せ、鋼鉄をも拉ぐ横薙ぎを放った……。

「すごい……。アリスさんと互角に撲り合える人間がいるなんて……」
 呆れたようにそう呟いたのはアリアだった。
 アリスもダルドも一切の魔法支援を受けていない。
 野性的な荒々しさを併せ持つアリスの洗練された剣技の冴えは言うまでもない。
 ダルドの戦技は彼女のそれに比べれば荒削りだが、長年の闘争で身に付けたであろう熟達と高い身体能力は、型破りに強烈な戦闘力を発揮していた。
「技を繰り出す回数もたいちょーと同じくらいだね……正直、ダルドの方が少し上かも知れない」
 いつも飄々としているロッテもさすがに緊張を隠せないようだ。
「でも……本人の力が拮抗しているなら装備の差が最後は物を言う」
 アリアの予言通り、戦いの天秤は次第にアリスの側へと傾きつつあった。
 さらにダルドの技がどちらかといえば対多数を得意にしているのに対して、対単体戦に強いアリスがタイマンに向いているという事もあるだろう。
 同じように紙一重、皮一枚のところで致命傷を避けているのは同じでも武器の地力が異なり、鎧の厚さも違いすぎる。
 アリスのセイクリッドクロスはいくつものパーツを飛ばされ傷だらけになりつつも防御力を残し、テンペストはより深く、より多く傷を与えていたのだ。
 だが。
「あ!あぶない!!」
 思わずクリスカが悲鳴を上げるのと、追い詰められていたダルドが力を振り絞って突進したのはほぼ同時だった。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
 ダルドは鍔競り状態から爆発的な瞬発力でショルダータックルを入れ、アリスを吹き飛ばした。
 そして体勢の崩れたアリスに向かい起死回生の一撃を放つ。
 しかし体術に優れたアリスは、吹き飛ばされた勢いに流れに逆らわず、身体の流れをそのまま斬撃の回転へと転換させていた。

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「負けちまったか……」
 そう言いながらも、大地に長々と横たわったダルドは何故か満足そうな微笑みを浮かべていた。
 ……お互い「レイジ」の発奮効果で得られる体力のギリギリまで戦ったため、双方とも戦闘が終わってみると本当にボロボロだった。
 特に最後深々と逆袈裟に斬られたダルドは、一時ヴァルハラへと旅立ちかけた。
 いや、生来の驚異的な耐久力と、シスタークリスカのブレスオブライフ呪文がなければ確実に彼方へと旅立っていたであろう。
「いや……お前がその技に相応しい装備を持っていたら、今そこに身を横たえているのは俺だったかもしれない」
 この激しい戦いを終えて、それがアリスの率直的な感想だった。
 その素直な賛辞が通じたのか、ダルドは少し照れくさそうに頬を掻いた。
「得物も実力のうちよ……。だけどまぁ確かにもうちょっと頑張って、も〜〜少しアンタの鎧をひん剥いてみたかったな」
 そんな事を言われてアリスは自分の姿を改めて確認した。
 ……外套はもちろん、肩のスポルダーも腰のキュレットも、およそスパイクに引っかけられそうなパーツはそのほとんどが剥ぎ取られ、下地のフェルトも裂かれてあちこち素肌が覗いてしまっている。
 それどころか最初の交錯で鉄鎖の連撃の直撃を受けたブレストプレート部分は大きく割れ、最近また少し大きくなって鎧がきつくなってきた○っ○○が半分こぼれてしまっていた。
「……斬る」
 爆笑するダルドに、涙目になったアリスが剣を振り上げる。
「たいちょ〜〜!腕あげたら○っぱ○ますます出ちゃいますよ〜〜!」
 だがロッテに突っ込まれ、今度は慌ててしゃがみ込み胸を抱え込んでしまう。
「笑ってる場合じゃないでしょうっ!このセクハラ野蛮人っ!」
 クリスカは慌てて自分の外套を外し、アリスに駆け寄るのだった。

「ところでオアシスの連中はどうした?俺が負けちまったから不安がってるだろ」
 ひとしきり笑った後、蹴り跡も生々しいダルドがそう尋ねた。
「あいつら、もう鉱山でなんか働かされたら死んじまうような連中なんだ。俺ぁ縛り首だろうが鉱山送りだろうが構わねえから、あいつら見逃してやってくんねぇか?」
 彼の口調は相変わらず軽いが、目は笑っていない。
 そう問われてアリスたちはバリケードの向こうに目をやってみる。
 が……
「誰もいない?」
「逃げたのですかね……」
 さっきまで固唾を呑んで戦いの行方を見つめていた幾つもの目が、今は一つも見当たらない。
 どころかバリケード周辺に全く人の気配は感じられなかった。
「……いかんっ!」
 それを聞くとハッとしたダルドは慌てて立とうとした、がさすがにさっきまで朽ちかけていた肉体は自由には動かない。
「おい、無理するな!」
 よろめいて倒れそうになったダルドを咄嗟に支えたのは、先ほどまでお互い死闘を演じたアリスだった。
 しかし彼はアリスの叱責を無視し、彼女の肩に取り縋ったまま必死に立ち上がろうする。
「希望を失ったと思いこんじまったら、あいつら何をするかわからねぇっ!」
 ダルドの言葉にアリスはハッとした。
 そう、彼女はそういう光景を何度も見た。
 希望を持つ事に疲れ、同時に生きる事にも疲れた人たちの姿を。
 ただ諦め、流されそこに在るだけのモノになるか、ココとか違うカナタに逃げようとするか……。
「……総員オアシスに突入!住民の安全を確保!」
 アリスの号令一下、隊の皆はバリケードを突破し、廃棄部落の方へと駆け出した。
「しっかり立て。……俺たちも行こう」
「すまねえ。……アンタ騎士のクセに変わった奴だな」
「そんなんじゃない。それに騎士でもない」
 アリスは女性としては別に小さい方ではない。
 しかしダルドに比べれば明らかに頭一個分以上は背が低い。
 彼を支えるには「肩を貸す」どころかまるまる「身体で支え」ないとどうにもならなかった。
 ……それなのにいつものように嫌悪感はわかない。
 剣を交え認め合った親近感の為か、短い会話からもわかる表裏のない真っ直ぐな人柄に好感が持てたのか、髪の毛の先から足のつま先まで男臭さが漂ってきそうな相手なのに、今までの自分からは考えられないくらい馴染んでいる。
(男というか、獅子みたいなものだからかな?)
 一番苦手な、一番思い出したくないような男だというのに……内心アリスはそう、驚いていた。

案の定、枯れオアシスの逃亡奴隷たちの多くは「せめて楽な死を」と、数少ない丈夫な梁を探して自らの絞首台を作っていた。
 ……これがどこの家にも梁のあるまっとうな集落だったら、絞首以外にも自死の方法が簡単に見つかるような集落なら、何人もが命を落としていたかもしれない。
 飛び降りる所とてない砂漠の只中の廃屋ばかりの集落だったが故、犠牲者は3人ばかりで済んでいた。

 そしてすったもんだ騒いだ末、今アリスの前にはダルドはじめ縛り上げられた30余人の捕虜たちと、縛られてはいないが不安そうに彼女を見つめる老人や傷病人、女子供ばかり40人余りの逃亡奴隷たちが座り込んでいた。
 かつてダルドの同僚だった10人ほどの元剣闘士たちは、瞳の中の力は死んでいないが、あとの60人以上には絶望とあきらめの色が濃い。
 ダルドはというと、全身ぐるぐる巻きに縛られたまま、なにやら楽しそうにニヤニヤしている。
「なぁ、俺さ、そろそろソルク騎士団抜けようと思うんだ」
 アリスは急にロッテたちの方を振り向き、小さな声でそう尋ねた。
「それはいい考えです。私もご一緒しますわ」
 にっこり笑ってクリスカが答えた。
「また面白い冒険に行きましょ〜〜」
 ロッテも嬉しそうに微笑んだ。
「ようやく決断されましたか。大人しく飼い犬でいるのは貴女には似合いませんよ」
 にこりともしていないが、アリアは全く反対しなかった。
 アリスはそんな3人に力強く頷きを返すと、逃亡奴隷たちに向き直り、
「はじめまして!俺はソルク騎士団の方から来たアリスと言います!」
 そして大音声で話し始めた。
「俺はソルクや周辺の鉱山主や奴隷商人の依頼で、この枯れオアシスを根城にする盗賊を倒し、彼らが奪った商人たちの財貨や奴隷を取り戻すために派遣されました」
 そこまで話すと、聴衆は恐怖に息を飲み、ある者は不貞腐れ、ある者はぶつぶつと何かに祈りはじめ、ある者はこれからの自らの運命を思ってか震えはじめた。
 ダルドだけは興味深そうにアリスを見つめているのだが。
 まぁ無理もない、と思いつつアリスは言葉を続けた。
「そこでこのオアシスで出会ったあなた方に質問があります。あなた方の中に、盗賊に無理矢理奪われてきた奴隷はいますか?」
 アリスが何を言い出したのか……今一つ理解していないような微妙な空気が聴衆の中に流れる。
「……我々が今日取り戻した連中の財貨と共に、鉱山などに連れ帰られる奴隷は、奴隷商人どもの財産はいますか?という質問です」
「そんなのはいねぇよ」
 答えたのはダルドだった。
 ぐるぐる巻きにされたまま、堂々と。
「みんな業突張りの商人どもに苛め抜かれ、襤褸雑巾にされてたのを俺らが保護してただけだ。無理矢理連れ出されたわけでもねぇし、ゴミどもの財産でもねぇ」
 ダルドの言葉を受け、アリスはもう一度集められた人々の顔を見回す。
 未来への恐怖感がなくなったわけではないだろうが……ダルドの言葉を否定する者は誰もいなかった。
 アリスは一つ頷くと、腰の短剣を抜いてダルドの戒めを解き放つ。
「悪いようにはしない。俺を信じてついてこないか?」
 ダルドは立ち上がると、ニヤリと笑ってこう答えた。
「おお、いいぜ。ベッドの中にでも風呂の中にでも、一生ついて行ってやるよ」
 ダルドの股間を、アリスの強烈な前蹴りが捉えた。

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 決断したアリスの行動は早かった。
 クリスカに傷病者の手当てをさせる一方で、アリアとロッテに回収した多額の現金を持たせ、すぐさまケルマレインの本隊の下へと伝令に送り出した。
 アリアは本隊を導いて枯れオアシスに戻る一方、ロッテはパスファインダー協会を経由して、ブラクロス家のヒエンにアリスの伝言を届けに行ったのだ。
 本隊とアリスは、ダルドたちが商人や鉱山から奪って貯め込んでいた財貨(何しろ使う場所がなかったので大量に残っていた)のほぼ半分、そして討伐隊の騎士たちの遺品を持ってソルクへと戻った。
 一方アリアとクリスカ、そして逃亡奴隷やダルド隊は更に南東へと砂漠を越え、ネックスとの国境付近の海岸に向かって出発した。

 ソルクへ戻ったアリスは、枯れオアシスの支配権と、奪い返してきた財貨と騎士たちの遺品をソルクに返還し、「奴隷たちは売られるか逃げるかしたようだ。賊は皆討ち取られるか逃げるかした」とだけ報告した。
 そして「任務の半分を失敗したので責任を取って辞める」と辞表を突き付けた。
 もちろん団長は納得しなかったが、「正当な自分の取り分の一部を退任の挨拶として団長に」と机の上に大きな宝玉を数個乗せると、彼はもう何も言わなくなった。

 数日後。
 海の上を東にひた走るシータイガー号の甲板に、アリスとアリスを慕って共に騎士団を辞めた腹心と兵が10人ほど、そしてダルドの姿を見る事が出来る。
 シータイガー号の僚艦には、あの枯れオアシスで暮らしていた人々や、ダルドに率いられていた戦士たちの姿も見られる。
「急な話で済まなかったな、船長。助かったよ」
「手付も沢山貰ったからな、仕事とあれば当然の事だ」
 ニヤリと笑ってアリスの感謝に応えるヒエンは、相変わらずクールである。
 ただ以前に比べると立場を大切にしているのであろう、立派な軍服に身を包んでいる。
「めずらしいねー!アリスが男の人近寄せるなんて!」
 相変わらずと言えばターニャも相変わらず元気が良い。
「別に近寄らせてるわけじゃあないんだがなぁ」
 ターニャの指摘に頭を掻くアリスだったが、
「一生ついて来てくれって言われてるからな」
「え!?そなの!!??」
 ダルドの爆弾発言にターニャが目を輝かせたところでブチ切れた。
「ちげーよ!!ねーーーーよ!!!!」
「えーーーー!!なにがあったのーーー!!きかせてーーー!!」
「死ね!!セクハラ野蛮人!!!」
 狭い船の上を駆け回るアリスの表情は、窮屈な兵舎の中にいる時よりもずっと明るい物に変わっていた……。

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 ……アリスたちがソルクを離れてから4年の月日が流れていた。
 そんな夏の、ある蒸し暑い夜……アブサロムの貨幣区のはずれを歩くクーセリア・ニフィリーゼの姿をがあった。
 しかしその足取りはなにやら右にフラフラ、左にフラフラと危なっかしい。
「腹減ったっす……」
 ポケットの中身はほぼビタ銭ばかり、こんな街では一食分には全く届かない。
 何をどうして財布が空になったのかはよくわからなかったが、現金の入手やら、買い物やら……。
(色々考えなしだったんすかねえ?)
 以前は色々世話を焼いてくれる仲間もいたのだが、今の道連れは腰の刀だけである。
(さいとうさんは、アリスみたいに気が利かないっすからね)
 我ながらうまい事を言ったと顔をほころばせるクーであったが、
(……おろ?)
 くらり、と目が回るのを感じて足を止めた。
 空腹だけならまだしも、蒸し暑さがいつの間にか盛大に体力を奪っていたのに気が付かなかったのだ。
(港湾区に行って、安い飯を……)
 そうは思うのだが足が言う事を聞かない。
 これはやばい、と思っていたその時。
「おサムライさん、からだの具合が悪いんですか?」
 クーはふらついたところを小さな手、小さな体にそっと支えられた。
「いや、ちょっとお腹がすいただけっす」
 素直にそう答えると、支えてくれた少女は
「ならうちのお店に来るといいですよ!すぐ目の前ですから!」
 にっこり笑いながらそう勧めてくれた。
 よく見てみるとその少女の足元にはほうきや桶と柄杓が置いてある。
 きっと店の前を掃き清めていたのだろう。
 店の看板には『隼の嘴亭』と名前が記されている。
「懐かしい名前っすねえ……でもこの町で食べられるほどお金持ってないんすよ」
 するとクーを支えている少女はにっこり微笑んでこう言った。
「困っている人は助けてあげなさいって、いつもお母さん言ってるから大丈夫だよ!」
「そっかー。いいお母さんなんすね」
「うん!」
 少女に導かれ、クーはその店の分厚い扉を初めてくぐった。
 正面の店構えはそう大きくは見えなかったが、中に入るとかなりの奥行きがあることがわかる。
 奥に個室を備え、二階の寝室もあるらしい、いわゆる本格的な「冒険者の宿」のようだ。
 ……店の中は、夕飯時だけあって多くの冒険者風の者たちで賑わっている。
「お母さんに賄いか何かをお願いしてくるから、おサムライさんは少し待っててね」
「ああ、休ませて貰うだけでもありがたいっすから……行っちゃった」
 少女は、クーをカウンターの隅の席に案内すると、返事を待たず奥の厨房へ駆けて行った。
 カウンターの周りを見回すと……カウンターの中で軽く頭を下げる若いウェイターと目があった。
 よく見ると、他にも数人の店員の姿が見える。いずれも若い。
(ずいぶん若い店員が多いっすね)
 しかしその割にはどんな酒場にもいる派手な服を着た女たちがいない。
 また、カウンターの後ろの壁には、どう見ても飾りではなく実用品のグレートソードやグレートアックス、スパイクドチェインなどがかけられている。
(ずいぶん武闘派の店っすね……)
 ふと、クーは視線を感じて周囲を見回す。
 ……すると厨房の入り口から彼女を見つめる、20代前半と思われる女性と目が合った。
 革のポイントアーマーを着け腰にグラディウスを佩いてはいるが、手に料理を乗せたトレイを持ち、大きなエプロンをつけた姿からすると店員のようでは、ある。
 クーには彼女に見覚えが、正確にはもう少し若い頃の彼女を良く知っていた。
 明るい茶色のセミロングの髪に、勝気そうなエメラルドの瞳……かつて、戦場でいつもクーを気にかけていたあの瞳だった。
「ア、リス……?」
「クー……ひさしぶり……」
 最後に共に剣を並べてより6年……。
 それ以来の二人の再会だった。


「お母さん、おサムライさんのお部屋用意出来たよ〜〜」
「お疲れ様。もう余裕あるから、ミリィもご飯を食べてお風呂に入っておいで」
「はーい!」
 クーが一心不乱に久しぶりのアリスの料理を掻き込んでいると、さっきの少女がクーの横に座っているアリスの下に報告にやってきた。
「ありふい……もごもご……んあおおひな……ほろもは……もごもご」
「ああもう、慌てなくてもご飯も私も逃げないから!」
 アリスはわたわたとクーにお湯で割ったワインを飲ませ、汚れた口元を手拭いで拭いてあげている。
 こういう光景は6年前からほとんど変わっていない。
「ぷはー、生き返ったっす〜」
「で?さっきは何を言おうとしたの?」
「さっき?……ああ、アリスにあんな大きな子供がいるなんてびっくりって言おうとしたんすよ。実は自分らと旅してた頃には子供いたんすねえ?」
「なわけあるかいっ!」
 ずびしっ!と素早い裏拳ツッコミが決まる。
 言葉遣いは随分丸くなったようだけど、こういう所は全然変わっていない……クーはまた少し嬉しい気分を覚えずにはいられなかった。
「身寄りのない子や、母親が病気で世話出来なくなった子を引き取ったりしてるからね」
 カタペシュを去りアブサロムにやってきたアリスには、ずいぶんと同行者が多かった。
 まず枯れオアシスにいた逃亡奴隷たち……自力で働く事の出来る彼らの多くは、ガメてきた略奪品の分配金でアブサロムの外縁の農村で小さな土地と開墾の権利を買い、入植して行った。
 が、本当に行場のない老人や子供たちはこのままでは浮浪者一直線だった。
 またダルドと共に鉱山の最奥や闘技場から脱走した10人ほどの元剣闘士奴隷たちは、家族もなく戦う以外の能もなく、彼らも放っておけば犯罪者一直線である
 更に騎士団を辞め、アリスを慕ってついてきた兵も10人ほどはいるし、リーセ姉妹やダルドもアリスのそばを離れるつもりは毛頭なかった。
 シスタークリスカも神殿に戻る気はないようだし、むしろアブサロムにはアリスと共にやりたい者はほかにもいる。
 自分だけならともかく30人近い人間の口を糊する方法は……アリスには「高額報酬の冒険を中心メンバーで受ける」「傭兵隊を作って自分の飯は自分で稼がせる」以外には思いつかなかった。
 自立する連中にまとまった額を渡したため軍資金が不足して困ったりもしたが、アリスが先頭に立って絶壁区のアンデッドを狩りまくったりネックスの塔の探索をしてある程度の財貨を手にすることが出来たため、資金面はなんとかなった。
 またその後サーレンレイ寺院が後ろ盾になってくれたこともあり、部隊の根城兼戦えない者たちが働く場所としてここの宿屋を手に入れることも出来た。
 そして……部隊が出陣してコルトス山脈のケンタウロス部族やミノタウロス部族との抗争で荒稼ぎが出来る様になると、ますます拾ったり預かったりする子どもが増えたりなんかして現在に至る、というわけだった。
「さっきのミリィもその一人。あの子は頭良いから、近いうちに良い師匠をシーライ先生に紹介してもらおうと思ってるんだ」
 受け入れるにも限界があるので、もちろん可能な子は徒弟なりに出さねばなるまい。
 しかしきっと、出来るだけ適性と子どもの幸せを考えているのだろう。
 ミリィの未来について語るアリスの表情は、まるで実の母親が子どもに抱く愛情があるようにクーには感じられた。
「すっかり母親っすね、アリス。自分の子どもは作らないんすか?」
 ごく何気なく尋ねたつもりだったが、何故かアリスは心持ち上気して頬を緩ませたようである。
「アリス?」
 クーが頭の上にいくつものクエスチョンマークを浮かべていると、入り口の方がどやどやと騒がしくなってきた。
 口々にただいまだの腹減っただの言いながらぞろぞろと入ってきたのは、リーセ姉妹やクリスカといった面々と、ダルドと20人ほどの兵たちだった。
「ただいまたいちょー!……あれ?クーさんだー!懐かしい!!」
「お久しぶりです、クーさん。お元気でしたか?」
 クーを知っている数名は、彼女の姿を認めて早速駆け寄ってきた。
「おー、相変わらずアリスと一緒なんすね、みんな」
「もちろんですよー!」

 以前より髪も髭も短く切り揃えてはいるが、暑苦しいのは相変わらずなダルドはというと、
「ただいまー、アリス!」
「ウザい。調子のんな」
 一直線にアリスに抱きつこうとして、ひらりと躱されていた。
「おお?なんか新婚さんみたいなんすけど」
「結婚とかないから!成り行きだから!」
 思わぬ展開にぼそりと呟いたクーだったが、アリスは耳ざとくツッコみを入れる。
(結婚とかそういうのはしてないけど、3年前くらいからずっとあんなですよ)
 そんなアリスを尻目に、ロッテは生暖かい表情でそうクーに教えてやった。
(あの男嫌いのアリスが……信じられないっす……)
 そのささやきを聞いていた周囲のみんなは一斉にうんうんと頷く。
(あいつ、デリカシーなし、脳味噌なし、ムードなしなのに……)
(裏表ないし、やたら頼りになりますけどね)
 そしてクリスカの愚痴にはアリアが冷静な分析を付け加えた。
「相変わらず照れ屋だなぁ」
「照れてんじゃねえし!」
 がうがう吠えるアリスの頭を撫でながら上手く宥めるダルドは、やはり大したものなのかも知れなかった。

「「ほぎゃあ、ほぎゃあ!」」
「お母さ〜〜ん!リオもマックスもお腹減ったってー!」
「おちちー!」
 そんなこんなしているうちに、ミリィとはまた別の小さな女の子たちが二人の赤ん坊を抱いて奥から出てきた。
「あはは、しばらく放っていたもんねー。ご苦労様、アイシャ、フィー」
 顔を赤らめてはにかむ子どもたちの頭を撫でて赤ん坊を受け取ったアリスは、カウンターの陰に回ってしゃがみ込んだ。
「よーしよし、いい子ですねー。いっぱい飲みなさい……」
 代わる代わる、二人の赤ん坊に乳をあげるアリスの表情は、もう街のどこにでもいる優しい母のそれだった。
「驚いたっす。双子が出来たんすね」
「アリスさんの子はリオの方だけですよ。マックスは店の前に捨てられていたんです」
 クーの言葉にアリアが補足を入れていると、
「違いますよー。マックスは神様が置いて行ってくれた私の子ですよー」
 アリスはマックスの背中を叩いてゲップをさせながら、そう訂正した。

 ……かつてのアリスは男性社会の傭兵たちの間でいつも肩肘を張り、冒険者になってからはいつも恐ろしい敵を相手に生死の境を駆け回っていた。
 でも……その頃の彼女でさえ、思えば仲間を大切にし、自分の居場所を作ろうと必死だったように思える。
 幸せを与えられる事のなかったアリスは、今自分の手でそれを掴んでいる……クーにはその事がよくわかった。
「……アリスは、幸せに暮らせてるんすね」
 子守歌を歌いながらリオを寝かしつけていたアリスは、急に話しかけられて「ん?」とクーを見上げた。
「なんでもないっすよ。また遊びに来てもいいっすか?」
「もちろん。この子たちがもう少し大きくなるまで冒険にはいかないし、いつでも大歓迎だよ」
 旧友の言葉に、アリスは昔よりずっと柔らかい笑顔で応えた。

 
           〜〜END〜〜




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