塔に巣食う者
(文:そめいF)

「夜牙塔の心臓」より、ネタバレありで。
ウィンシーさんが、あの場面で20をふったのに感動しましたので(笑)。


「ダメだ、あの嵐を何とかしなければ、接近するどころか、弓も届かねぇ!」
一行の先頭を行くユーヌが叫ぶ。

塔の先端へと上るべく、飛行の呪文を使った一行の前に、翼ある魔物、ムーンカーフが立ちふさがる。
無数の触手を持つ、不気味な見た目とは裏腹に、その魔物は高い知性を備えていおり、魔術の嵐から雷を放って一行を苦しめていた。
また、嵐の激しさにより接近もままならず、弓などの飛び道具も軌道をそらされてしまう。

「アレクセイ、あの嵐を”ディスペル(解呪)”できる?」
魔術師であるウィンシーが尋ねる。

「すみません、今日は…っ。」
ディスペル・マジックは呪文選択の基本となる呪文ではあるが、対アンデット戦を想定した、彼女の呪文選択からは外れていた。
僧侶である彼女の呪文には、アンデットに効果的な呪文が多くそろっている為、極端な選択をおこなった事が裏目に出ていた。

「仕方ないわねぇ、だったら私が。」
秘術と信仰という違いはあるものの、術者としての力量は両者とも同程度ではあるが、ウィンシーは特殊な杖・バンリアローグに力を与える為、少量ながら力をそちらに割いている。
だが、こうなっては止むを得ない。

仲間が固唾を呑んで見守る中、精神を集中する。
これに失敗すれば、ムーンカーフを撃破できたとしても、甚大な被害を蒙る事だろう。
また、今日に合わせて掛けてきた術の数々も無駄になってしまう。

彼女自身のディスペルの準備も1回分のみ。失敗は許されない。
雷の脅威に耐えながら、ムーンカーフより多くの魔力を集めるのだ。

(さぁ、術よ解けなさい…解けなさい…!)
ふと、視界の隅に、顔の前で硬く手を合わせる神官の姿が映る。
成功を強く祈りつつ、これで失敗したら、術を覚えてこなかった自分の責任だと言わんばかりだ。

(馬鹿ネェ、そもそもこのあたしに…『土蜘蛛のウィンシー』と呼ばれたこのあたしに、この程度の魔法が解除できない筈が無いじゃない!)
不意にこみ上げてきた自信に答えるかのように、膨大な魔力が彼女の周囲に集まる。
大きく息を吸い込み、魔力に力ある言葉を吹き込む。

「さぁ、嵐よ、晴れなさいっ!」
周囲を渦巻いていた風が弱まり、雷の音が消えてゆく。
彼女の放った魔力は、魔物のそれを圧倒していた。
激しい雨は空気に溶けるかのように、キラキラと舞い降りる霧状になって彼女を包み込んでいる。

「ふぅ、まぁ、余裕よね〜。」
雨で額に張り付いた髪を整えつつ、ウィンシーが微笑む。

一行は十分な余力を残してムーンカーフを倒す事に成功した。



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