あふたーわーど~バーンとアレクセイの場合~
(文:ぷらなりあ)


えー、キャンペーンは終わりましたが、キャラクターたちの人生はまだまだこれからです。 

というわけで、バーンとアレクセイの「その後の物語」の入り口をちょっとSSにしてみました。 

まぁ、ちょっと詰め込み過ぎの感もありますが、暇つぶしにでも(^^ゞ


 ……『王』の復活を阻止出来なかった屈辱の戦いから1年余り。 
 繰り返されるサートラスの尖兵やそれに与する闇の勢力との戦いの中で、パーティーは幾度も血の海に沈みかけながらも着実に実力を蓄えてきた。 
 数々の修羅場の中で磨き上げられた必勝の布陣はサートラスの尖兵の軍勢を叩きつぶし、復活した王とその側近たちを一蹴し、ついにサートラスとアシャーダロン双方の力を喰らって復活しようとする魔竜アシャートラスをも確実に追い詰めていた。 

 アレクセイの招来するハイローニアスの奇蹟がメンバーの防御の力と戦闘能力を飛躍的に高め、ウィンシーの操る秘術魔法はアシャートラスの動きを縛りつけた。 
 更にアルベルトとユーヌは素早い身のこなしで魔竜を翻弄し、他のメンバーが余裕をもって行動出来る時間を作り出す。 
 そして彼らが作ってくれた花道を、裂帛の気合とともにバーンが駆ける。 

「元居た闇に還れ!アシャートラス!!」 

 ユーヌの力で必殺の間合いを得たバーンは、魔法の力で一瞬姿をかき消し恐るべき咢をくぐり抜け、全力を込めた大剣をアシャートラスの首筋に叩き込んだ。 
 魔法と精霊の力で加速された剣閃は瞬時に三度アシャートラスの急所を抉り、さしもの魔竜も大量の赤黒い血と体液を噴き上げた。 

「とどめですわ!」 

 思わぬ痛手に轟々たる断末魔の雄叫びをあげて動きを停めたアシャートラスの隙を逃さず、ウィンシーがとどめの雷撃を放った。 
 ユーヌとのコンビネーションによる、必殺のアークライトニングである。 
 ……一瞬、呪文に抵抗したかに思えたアシャートラスであったが、結局残り少ない体力ではウィンシーの魔力の奔流に耐え切る事は出来なかった。 
 強力な放電ははついにアシャートラスの防御を削り抜き、力を失った竜の身体は激しい電撃によって体組織の全てをズタズタに引き裂かれ、黒焦げになって崩れ落ちていった。 
 そして肉の器から引き剥がされた邪悪の力は、次元の裂け目から彼方の闇の世界へと墜ちて行くのだった……アシャートラスの復活を手助けしたゼルギウスらと共に。 

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 

 アシャートラスが闇の渦の彼方に消えると、戦場を覆っていた禍々しい黒雲が嘘のように消え去り、戦場には暖かい太陽の光が戻った。 
 太陽が戻ると、各軍の兵たちを苦しめていた不死の怪物たちの多くは陽光の彼方に溶け去り、または極端に弱体化してたちまち破壊された。 
 一気に士気の上がった二ロンド王国軍とハイローニアスやペイロアの教会騎士団、周辺部族の部隊や傭兵隊の連合軍は嵩にかかって攻めかかり、ここぞとばかりに悪の勢力の者どもを粉砕しようとした。 
 ……そしてアシャートラスの率いていた軍勢は既に頭部を失い、ただ反射的にもがく蛇の胴に過ぎなかった。 
 部族や集団単位で辛うじて統制を持ち反撃する者どももいるにはいたが、小集団単位での抵抗ではさしたる障害にもならず、矢の雨に足を止められ、次々と騎士たちの槍に貫かれ、馬蹄に踏み砕かれていった。 
 アシャートラスの支配から逃れたとはいえ、個体レベルで強力なクリーチャーは単独もしくは少数でも一般の兵にとっては大きな脅威となったが、そういった戦闘が始まるとすぐさまアシャートラスらを倒した冒険者たちが飛来し、たちまち討ち取って兵たちを救い出していった。 

 こうして、夕刻を迎える前にアシャートラスの軍勢は完全に瓦解し、多くは討ち取られ、またはちりぢりに四散した。 
 一時は国の存続にさえ危機感を持っていた連合軍の軍兵は、望外の大勝利と己の生存に、我を忘れて高らかに勝鬨を上げるのだった。 

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 
 結局、アシャートラスを倒すだけで話は済まなかった。 
 混乱する戦場ではバーンたち冒険者の機動力と単体での強大な戦闘力は大いに重宝され、ウィンシーは支援に、アレクセイは重傷者の救護に、アルベルト、ユーヌ、バーンの3人は手ごわいクリーチャーを討ち取る遊撃にと一日中走り回ることとなった。 
 要領の良いウィンシーやユーヌ、アルベルトは兎も角、生真面目なアレクセイやバーンは文字通り東奔西走する羽目になった。 
 おかげで多くの兵を救う事は出来たのだが……結果、戦いが済んだ頃には二人は疲労困憊の体となっていた。 

「いや~~、今日はよく働いたナァ~~」 
 戦場の片隅に小さな天幕や陣幕を張っただけの、急ごしらえした野営場でユーヌはほくほく顔で金袋の数を数えていた。 
「……どうしたんですか? このお金」 
「今日はいつもと違って戦場だから敵を倒したら倒しっぱなしだろう? そうしたらユーヌがザギグバッグを取りに来て……」 
 アレクセイのもっともな疑問に、呆れ顔でバーンが答えようとすると、したり顔のユーヌが人差し指を「ちっちっ」と振って話に割り込んだ。 
「今回俺たちが受けた依頼はアシャートラスやその側近の撃破だったろう? だから少々のボーナスアップは見込めても、その他の追撃戦や防衛戦での報酬は基本的にゼロだ……わかるカナ?」 
「まぁ、それはそうだが……」 
 しぶしぶバーンが相槌を打つと、更にユーヌはドヤ顔で畳み込んできた。 
「だろう? だから俺がバーンの後ろをついて回って、正当な戦利品を獲得して回ってあげたんだヨ? わざわざ、パーティーのタメにね」 
「じゃあ、後でみんなに公平に分配するんですか?」 
「……さーて、あっちの使えそうな戦利品を整理するカナ……」 
 アレクセイの質問を華麗にスルーし、いそいそとユーヌが腰を浮かす。 
「ユーヌー、また換金の依頼者が来てるよー♪ 金持ちの騎士の従者って感じだったから手数料2割にふっかけておいたー」 
 そこに、陣幕をたくし上げてひょっこりとアルベルトが顔を出す。 
「よしよし、さすが抜け目がないヨネ」 
 ほくほくと出かけていくユーヌとアルベルトの後ろ姿に、バーンは呆れるやら何やらで、結局は微笑みを浮かべるしかなかった。 
「さすがあの二人は逞しいな」 
「どういうこと?」 
 頭の上にクエスチョンマークを三つくらい浮かべる世間知らずの神官に、彼女よりはもうちょっと傭兵たちの戦場を知っている魔物狩人が答えた。 
「ザギグバッグを使って買い取り屋でもやってるんだろう。鎧なんかは重くて持ち運びが大変だけど、街に戻らないと戦場での換金率は低いからな」 
「そうなんだー。なるほどちゃっかりしてるね」 
 そう、苦笑しながら解説するバーンの言葉に、アレクセイもつられて笑顔を浮かべた。 

 ……気が付くと、ここはさっきまで戦場だった場所で、多くの兵や仲間たちが行きかって騒々しかったはずなのに、いつの間にかぽっかりと二人だけになっていた。 

「あ、あれ? ウィンシーは?」 
 平静を装いながらバーンはたき火に薪を継ぎ足し、火のそばにケトルを置いた。 
「さっき何処かの隊になにかを依頼されて出かけて行ったけど……そっか。どこも戦利品の勘定とかに必死なんだね。大勝利だったから、当然かもしれないけど」 
 火のせいだけではなく顔を赤らめるバーンの様子に中てられたのか、アレクセイもほんのりと頬を染めながら答える。 
「急に、静かになっちゃったね」 
「……そうだな」 
 二人の間に、しばし沈黙が訪れた。 
 不思議と、不快ではない沈黙である。 
 しばらくぱちぱちと薪がはぜる音に耳を傾けていると、ケトルからは軽快な沸騰音が聞こえ始めた。 
 バーンがケトルのお湯をポットに注ぐと、ほどなくほのかに甘い香りが広がる。 
「……いい香り……」 
「とっておきのお茶だからな。勝利の記念に、どうだい?」 
 彼はそういうと、一度温めたアレクセイと自分のカップにゆっくりとお茶を注ぐ。 
「ありがとう……いただきます」 
 視線で促すバーンに微笑み返し、アレクセイはそっとカップを口元に運んだ。 
「……美味しい」 
 安心したように頷き、バーンもお茶に口を付けた。 
 ……染み渡るような温かい、そして甘苦いお茶の味は、長いようで短かったサートラスの復活を巡る激しい戦いの日々の終わりを実感させる不思議な味わいだった。 

「とうとう終わったな」 
「うん。……約束通り、バーンは最後まで私を守り抜いてくれたね」 
 照れくさそうに頬を掻くバーンの膝に、そっとアレクセイの掌が乗せられた。 
「ありがとう、バーン」 
「戦い続けられたのはアイエールのおかげだよ。君の奇蹟の力がなければ俺はとてもこんなところまではたどり着けなかった」 
 バーンはそう答えると、アレクセイの手に、自分のそれを重ねる。 
「じゃあ、おあいこだね」 
「そうだな。これでようやく、アイエールが望んでくれるなら、俺の故郷を見せることが出来る」 
「うん……一緒に行きたい。バーンが育った森や、川や、丘の上の砦を見てみたい」 
 重なり合っていた二人の手のひらが合わさり、しっかりと結び合った。 
「何もないけれど、静かで綺麗な所だ……きっと気に入ってもらえると思う」 
「楽しみだな……」 
 二人はじっと見つめあうと、そっと、身を寄せ合う。 
 バーンの鎧がかしゃり、と鳴った。 
「……」 
「……」 
「……んっ」 
「……ふふっ。バーンはいつまでたってもおっかなびっくりだね」 
 ほんの少し、身体を離すとアレクセイは可笑しそうに微笑んだ。 
「ほっとけ……」 
 こういう時はやけにお姉さんぶるアレクセイに、バーンは少し膨れっ面を見せる事くらいしか出来ない。 
 そして二人は再び身を寄せ合い、今度は長い時間、何も話す事はなかった。 

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 

「おーい、お二人さん。お客人が来てるヨ? 通してもいいかナ?」 
 彼らしくなくドスドスと足音高く歩いてきたユーヌがニヤニヤしながら陣幕を払うと、バーンとアレクセイがそっぽを向きながらさりげなく(?)身だしなみを正している光景が目に飛び込んできた。 
 マメな二人がいたにしては珍しく、天幕の中は敷物などが散乱しているようだ。 
「お、お客さんって、私に?」 
 今日はもう何度も復活魔法の依頼を持ち込まれたアレクセイが取り澄ました顔で答えた。 
 もっとも……もう数日先まで予約が一杯なのだが。 
「どっちかというとバーンかな? まぁ、アレクセイも無関係じゃないと思うケドネ?」 
 意味深なユーヌの言葉に、バーンとアレクセイは目を見合せた。 
「アレシア一族の隊長さんだよ。名前はウォーレンだとさ」 
「義兄さんが!? わかった、今いく」 
 ウォーレンはバーンの義理の兄……。 
 アレシア一族の若手戦士を率いる戦士長の一人である。 
 あたふたと出ようとするバーンを、ユーヌはつっと引き留めた。 
「どうせ大した服も持ってきてないんだろうから、せめて鎧くらい着けたらよくね?」 
 そしてユーヌはニヤリと笑い、 
「慌てなくてもちょっとの間なら引き留めておくヨ。……ジュラルディン、行こう」 
 そう言うとくるりと身をひるがえした。 
 すると、戦利品を積んであったあたりからユーヌの使い魔、ジュラルディンが駆け出してきてユーヌのポケットに飛び込むではないか。 
 唖然とそれを見送ったバーンとアレクセイであったが……。 
「……の、覗いていたんですか?」 
 何かに気付くと、ぼんっ!と音がするほど真っ赤になったアレクセイが呻いた。 
「何をカナ? 俺は何も知らないヨ~? よくわからないけど、いつ頃からなのかユニコーンさんに聞いてみたくなった程度カナ~♪」 
 ひらひらと妙な踊りを踊りながらユーヌは去ろうとする。 
「待ちなさいっ! すべて忘れさせてあげますっ!!」 
「待てと言われて待つヤツはいな……ぷぎゃっ!?」 
 足音高くアレクセイが野営地を飛び出していくと……、その直後に数度閃光が走り、そして猫の尻尾を踏んづけたような奇声が上がった。 
 怪しげな光と怪しげな悲鳴の原因がなんなのか……きっと知らなくてもいい事に違いないと、バーンは無理矢理自分を納得させながら手早く鎧を身に着けるのだった。 

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 

 なにやら「目が、目がぁ~~っ!」と騒ぐユーヌを尻目に、バーンはアレクセイを連れて早速アレシア隊を探すために野営地を出る事にした。 
 というか「ギアスかける~~! 記憶消す~~!」とじたばた騒ぐアレクセイを放っておけなかったので「はいはい、ウィンシーくらいの魔術師ならともかくユーヌの魔術の腕じゃジュラルディン越しには覗けないから」と宥めながら引っ張ってきたという説もある。 
 もちろん、「ジュラルディンに手引きさせてユーヌ自身が覗いたかもしれないが」などと余計な事は言わない。 

「おーい、こっちだよー!」 
 野営地から少し歩くと、バーンには見慣れたアローナの紋章を意匠した旗を立てた宿営地がまさに作られつつあった。 
 言うまでもなく、アレシアの森の人々が部隊を組む時に用いられる旗印だ。 
 見ると、運搬が容易な中型のテントが寄り合っているはずれに、これまた見慣れた小さな人影がぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。 
 その人影は二人を認めるや、ぱたぱたと駆け寄ってきた。 
「二人とも遅いよー? ユーヌが呼びに行かなかった?」 
 邪気のないアルベルトのその言葉に、再びオドロ線を背負ったアレクセイが「やっぱりギアス……」とつぶやき始める。 
 元来た道をゆらりと戻り始めようとするアレクセイをはっしと引き留め、バーンは早く本題に入るしかないと心に決めた。 
「と、ところでアルベルト。俺を探してる人はどこにいるんだ?」 
「うん。こっちだよ」 
 アルベルトに促され、アレクセイの手を引いたまま宿営地に足を踏み入れると、そこにはバーンにとっては懐かしい空気が満ちていた。 
 テントの設営などに立ち働いている者もいるが、多くは勝ち戦の興奮に浮かされたまま既に肉を喰らい、祝杯を上げている 
 軽く見回すと、ちらほらと見知った顔もいるようだ。 
「おっ、ありゃバーンじゃねぇか?」 
「ん? ほ……本当だ!」 
「おーい、バーン! 久しぶりだな! 今日は大活躍だったじゃねーか!」 
 すると早速若い戦士たち数人の集団に見つかったようだ。 
 かつては共に弓術や剣術を学んだ、年の近い剣友達である。 
「ガデス! テオ! リケン! ……2年ぶりか? 無事で何よりだ」 
 懐かしそうにバーンも相好を崩すと、久しぶりの故郷の仲間の元に駆け寄った。 
「ああ。勿論楽勝さ……と言いたいところだが、お前たちのおかげも大きいんだぜ」 
 仲間の一人……ガデスはバーンの手をがっしりと握ってぶんぶんと振り回しはじめる。 
「どういうことだ?」 
 苦笑しながらバーンがそれに応えると、 
「敵が総崩れになって追撃戦に入った後な……まぁ、概ねうちの隊は順調に戦い続けていたんだが、撤退を始めた連中から鉄のごっついゴーレムどもをけしかけられてなぁ」 
 ガデスはしみじみと語り始めた。 
「ああ、あれはお前たちだったのか。旗印も見えなかったし気付かなかった」 
「人間相手の戦じゃないからな。旗を振るより剣を振れって指示だったんだ」 
 バーンのもっともな疑問にはリケンが肩をすくめながら答えた。 
「義兄さんらしい命令だな」 
「まったくだ……ともあれ、あとは覚えているだろう? 俺たちが救援を求める鏑矢を射ちあげたら、すぐにお前たちが飛んできて全部のゴーレムをぶち壊してくれた」 
 バーンはくすぐったそうにあごの辺りを掻いている。 
 大きく頷きながら、仲間たちはさらに口々に語り続けた。 
「その上ゴーレムにぶっ飛ばされて死にそうになってた連中は、そこの別嬪の神官様が命を救ってくれたし……」 
 突然注目されたアレクセイは慌ててひょこんと頭を下げた。 
「ア、アイエール・リイノエです。ハイローニアス神殿の神官を承っています。よろしくお願いします」 
 彼女の丁寧な自己紹介に、根は田舎者揃いの青年たちはいっせいに頭を掻きながらペコペコし始めた。 
「どうもどうも、さっきはお手数をおかけしちゃって……」 
「バーンと同郷のモンです~。こちらこそよろしく~~」 
「いえっ、こちらこそっ。ご丁寧なあいさつ恐縮です」 

 お互いひとしきりペコペコし合うと、この仲間うちで一番年嵩のガデスがバーンの頭をがっしり捕まえてずるずるとみんなから引き離し、耳元にぼそぼそと質問してきた。 
(なんだよ、髭痛いから離せよ) 
(ええい、そんな事よりあの美人はなんだ? さっき手を繋いでただろ。もしかしてお前のコレなのか?) 
 そう言ってガデスはバーンの眼前に小指を突き立てた。 
(そ、それは……なんと言うかだな……) 
 怯んだバーンが答えに窮していると、何かに気付いたように突然ガデスが鼻をふんふん鳴らしはじめ……そしてにやりとほくそ笑んだ。 
(おいおい、黒ネコちゃんよ。女の移り香がするぞ~? お兄さんは騙せないよ~?) 
 そして小指でつんつんと哀れな生け贄の頬をつつく。 
(ユー、吐いちゃいなヨー。あの娘となんだろう? この色男!) 
 変な言葉で畳み掛けられ、バーンは観念してこくりと頷いた。 
「ま、マジなのか……」 
 自分から聞いておきながら、いざ肯定されるとびっくりしてのけぞるガデスに、バーンは何やら釈然としないものを感じて憮然とするのだった。 

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 

 一同がわーわーと騒いでいると……。 
「めんどうだから連れてきたよー」 
 アルベルトの後ろに続いて現れたのは、黒鋼に塗られたミスラルの胸甲を着け、腰に二刀を履いた長身の男性剣士……バーンの義兄、ウォーレンである。 
「義兄さん、久しぶりです」 
「バーン、立派になったな」 
 二人は駆け寄るとがっしりと握手を交わした。 
 更にウォーレンはバーンの成長を確かめる様にあちこちをバンバンと叩く。 
「お前の戦技、見せてもらったぞ。もはやこの義兄も父さんも超えてしまったようだ!」 
 そして満足そうに何度も頷いている。 
 と、すかさずガデスがとんでもない事を脇から言い出した。 
「隊長隊長、成長したのはタッパや腕の方だけじゃないみたいですぜ?」 
 そう、ニヤニヤと注進に及ぶガデスの口を押えようとするバーンだったが、 
「まぁまぁ、いいじゃないかめでたい事は」 
 たちまち他の仲間や、いつの間にかやってきたユーヌに捕まってしまう。 
「え? え?」 
 そして後ろの方で所在無げにしていたアレクセイがアルベルトに押し出されてきた。 
「何事なんだ?」 
「この綺麗な神官さん、バーンの恋人だそうっすよ?」 
 いきなり直球なガデスの言葉に、アレクセイはあたふたして真っ赤になってしまう。 
 ウォーレンは最初よく事情が呑み込めないようだったが、しばし考えると納得したのか急に目を輝かせ始めた。 
「それはそれは! はじめまして、神官殿。自分はアレシア一族の戦士長の一人でバーンの義兄、ウォーレンです。弟がずいぶんお世話になったのでしょうね」 
 その丁寧な応対ぶりに驚いたのか、それともはじめてバーンの家族に会って緊張したのか、アレクセイは首すじまで顔を紅潮させながらも、負けずに丁寧に頭を下げた。 
「挨拶が遅れまして失礼しました。……私はハイローニアス神殿より神官職を拝命しております、アイエール・リイノエと申します。よろしくお願い申し上げます」 
「戦場でのご活躍も拝見しておりました。お若いのに素晴らしい奇蹟の技を使いこなされるご様子、感服しました」 
「いえいえそんな、バーン殿はじめ戦士の方々に守ってもらえてこそです……」 
 律儀者同士、いったん挨拶モードに入ると長々と話し込む羽目になる。 
 結局、それぞれの性格を知る周囲はやれやれと肩をすくめる他はなかった。 

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 

 空の色が夕刻のものから夜のそれへと移り変わったころ、ひとしきり二人があいさつを交わす間むすっと黙りこくっていたバーンに義兄が再び声をかけた。 
「本当に成長したな、バーン。腕を磨くだけじゃなく、優秀な伴侶を連れ帰ることが出来る様ならもう完全に一人前だ」 
 そう言われるとバーンもアレクセイも照れたように頭を掻く。 
「いや、まぁ、それほど大したことは……」 
 ありがちな謙遜に、ガデスがバンバンとバーンの背を叩く。 
「大したことだって~。森のアローナ神殿じゃあ、神官長ですら『レイズデッド』がようやく使えるレベルじゃねーか」 
「そうだぞ。実戦を数多く経験した神官がどれだけの人を救えるか、お前だって知ってるだろう? 部族を上げて歓迎しますよ、アイエール神官殿。ぜひとも愚弟をお見限りのない様にお願いします」 
 重々しく頷きながらウォーレンもその意見に同意した。 
「義兄さん……それはちょっと先走りすぎ……」 
 バーンとしてはようやく里に連れて行く同意を得ただけと思っていたので、わたわたと義兄を止めようとしたのだったが、アレクセイの方はあまり気にしていないようだった。 
「あ、はい。私こそよろしくお引き回しくださいますようお願いします」 
 頬を赤らめて頭を下げるアレクセイを見て、ウォーレンは満足げにバーンとアレクセイの肩に優しく手を置いた。 
「謙遜のし過ぎはよくないぞ、バーン。アイエール殿もこう言っておられるしな」 
 そうなるともう周囲はお祭り騒ぎである。 
 ガデスら剣友達が、そして何故かユーヌとアルベルトが先頭に立って人を集め、酒樽と食料を掻き集めて並べ始めた。 
「まったくだ、この果報者が!」 
「とにかくめでたい。祝勝あーんどバーンの凱旋あーんど婚約に乾杯だ! 酒だー! 酒持って来―い!!」 
 いつの間にか婚約まで決まりかよ……と慌てるバーンを尻目に、部族の戦士たちは大いに気勢を上げ始めていた。 
「……いつの間にか面白い事になっていますわね♪」 
「なんだかよくわからんが、今日はいっぱいタダ酒が飲めそうだのう」 
 偶然なのか匂いを嗅ぎつけたのか、有耶無耶のうちに始まった宴会の輪の中にはウィンシーやグラムも参加してちゃっかり一番いい肉や酒を手にしている。 
 大きな損害が出なかったのが大きいのだろう。 
 皆、炎に照らされ明るく笑いながら楽しそうに飲んで食べている。 
 パーティーの仲間たちもそれぞれに周囲に集まった戦士たちに冒険談をせがまれ、少々大げさに語っては拍手喝采を浴びるのだった。 

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 

「……すまないな、アイエール。いつの間にか話が大げさになって」 
 宴会が佳境に入ってしばらくしたころ……みんなの輪から少し離れた丸太に座って涼んでいたアレクセイの隣に、いつの間にかバーンが立っていた。 
「主役がよく抜けられたね、バーン」 
「君だってみんなに囲まれてたじゃないか」 
 アレクセイは少しお尻をずらしてもう一人分のスペースを作る。 
「……おあいこだね」 
「今日はおあいこが多い日だ」 
 二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。 
 バーンが彼女の隣に腰を下ろすと、アレクセイは彼の肩にそっと頬を寄せてきた。 
「家族を失って以来一人きりだったから……。神殿に預かって貰えて私は幸運だったけど、決して暖かいだけの場所ではなかったから……」 
 夜の空、星の光のずっとむこうを望むように、アレクセイは静かに呟いた。 
「だから、暖かい『私の居場所』がずっと欲しかった……」 
「あれは暖かいというか暑苦しいのが近いと思うが」 
 苦笑しながら、それでもバーンは優しく、でもちょっとぎこちなくアレクセイの腰を抱き寄せた。 
「でも皆君を歓迎してる。勿論熟練した神官だからというのもあるだろうけど、それ以上に君個人を好きになって貰えたみたいだ」 
 そして、顔を真っ赤にしながらぼそぼそと言葉を続けようとする。 
「だ、第一、俺にはアイエールが何よりも必要だから……」 
 だから俺の……とごにょごにょ口ごもるバーンに、やっぱり「仕方ないなぁ」と感じてしまうアレクセイは、思い切って自分から言葉を継いだ。 
「バーンがそんなに言うんなら、バーンを私の家族にしてあげてもいいですよ」 
 こういう時、やはりアレクセイはついお姉さんぶってしまう。 
「その代りずっと私が寂しくない様にしなければなりませんよ?」 
「わかっている」 
 もったいぶる様に目を閉じ、指を振りながら宣言するアレクセイに、バーンはこくこくと頷いた。 
「仕事の事も、子どもが出来たら子どもの事も、みんな相談して一緒に決めるんですよ?」 
「も、もちろん何でも相談する」 
 さすがに子どもの事を言われると顔が赤くなってしまうあたり、バーンはまだまだ少年期を抜け切っていない。 
 そして、アレクセイはふっと目をあけるとうって変わって真剣な表情でこう言った。 
「……あなたが何かの理由で戦場に出る時は、私もかならず一緒ですよ」 
 その言葉に、バーンは言葉を詰まらせた。 
 彼の基準で言うならば、そんな事はありえない。 
 彼は彼の大切な者たちを守るために戦うのであって、間違っても戦場に連れて行きたいとは思わないからだ。 
「それは……」 
「あなたが死ぬ時は、私も死ぬ時です!」 
 それは約束出来ない、と言おうとしたバーンの言葉に、毅然としたアレクセイの言葉が被せられた。 
 アレクセイにもバーンの気持ちは分かっている。 
 悪しき存在を目の前にした時、守りたい者を背負っている時、バーンは鬼神の様な凄まじい戦闘力を発揮する。 
 戦いの中で、彼女は何度も強大なクリーチャーを瞬時に斬り刻む彼を目の当たりにした。 
 ……しかし、それが諸刃の刃だという事もまたよく知っていた。 
 彼の絶大な攻撃力は、防御をかなぐり捨て、自らの生命を意識の外に放り捨てた果てに生み出されている。 
 だがこれから先も、きっとバーンは守りたい者たちの為に、いかなる敵に対しても果敢に斬り込むに違いない。 
「……私を守りたいなら、あなたが生きていてくれなければダメです。だからこれからも、私にあなたを守らせて下さい」 
 バーンを止める事が出来ないなら、ならば共に征くしかない。アレクセイは精一杯のその気持ちを込めてバーンの手を取った。 
「アイエール……君には敵わないな。わかったよ。君のお腹に子どもがいるとか、特別な時以外はどんな戦いでも一緒に行こう」 
「どんな戦いでも、絶対にあなたを死なせはしません」 
 二人は厳かに誓いを口にすると、穏やかに笑みを浮かべた。 
 そして終わる事無く続く喧騒を背に、二人の距離が静かに近付いて行った……その直後の事だった。 

「あ、あのー、バーン様?」 
 不意に至近距離から声をかけられ、バーンとアレクセイは弾かれた様に飛び退った。 
 声をかけたのは、勇ましいミスラルの鎖帷子に身を包んではいるが、長い金髪をツインテールに纏めた可愛らしい少女だった。 
 年の頃はバーンよりも2つ3つ下だろうか。 
 ちょっと内気そうだが、ガーネットのような赤い瞳が不思議な魅力をたたえた印象的な美しさを持っている。 
 少女はあっちを見たりこっちを見たり、いかにも申し訳なさそうに視線を彷徨わせつつ、もじもじとしている。 
「お邪魔をして申し訳ありませんっ! でも注目されてますよっ!」 
 そして彼女は思い切ってそう言い切り、後ろをばっと指差した。 
 二人が恐る恐る指し示された先を見ると、宴会をしていたはずの連中がこっちをまじまじと凝視している。 
「おおいっ! リリィーッ! 空気読めよ~~!!」 
「なんだよいい所だったのに~~」 
 盛大にブーイングを浴びせられ、リリィと呼ばれた少女はあっちにペコペコとこっちにペコペコと頭を下げながら恐縮しまくっている。 
「すみませんすみません! バーン様がお可哀想でつい……」 
「まったく、お前はいつでもバーンバーンだからなぁ……」 
「飲み直しだ飲み直しー!」 
 酔っ払いたちが焚火の周りに引き上げると、後にはバーンとアレクセイと、そしてリリィだけが残されていた。 

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 

 しばらくの間3人はそれぞれ気まずい雰囲気を紛らわすようにそわそわとしていたが、思い切って最初に口を開いたのはリリィだった。 
「え、えへへー。お久しぶりです、バーン様」 
 そう言ってぽりぽりと頭を掻く。 
 掻きながら彼女がちらちらと自分に視線を走らせている事に、アレクセイはすぐ気が付いていた。 
「お前もしばらく見ない間にずいぶん大きくなったな。元気そうで何よりだ、リリィ」 
 もちろんバーンにそんな細かい事を気にする様子はなく、屈託ない笑顔でわしゃわしゃとリリィの頭を撫でた。 
「よ、良かったですね、バーン様。素敵な奥様が見つかって」 
 くすぐったそうにしながら、リリィはお祝いの言葉を口にする。 
 アレクセイには、彼女の赤い瞳がとても複雑そうな光を湛えているように思える。 
「なんだ、他人行儀だな。別に様付けとかいらないんだぞ? 昔のように兄ちゃんとでも呼んでくれていいのに」 
 そう言われたリリィはちょっと膨れ面をしながら、それでもどこか嬉しそうだ。 
「私、もうそんな子供じゃありません。立場はちゃんと弁えております……バーン……お兄様」 
「なんかそれも照れ臭いな。 普通に呼べ、普通に」 
 嬉しそうに笑いあう二人の表情は、とても打ち解けている者同士のそれに見える 
 ……そんな二人の様子を見ていると、アレクセイの胸の奥は不思議とざわついた。 
「こちらの方は? バーン。……可愛らしい方ですね」 
 そんな内心の動揺を抑え、アレクセイはほんの少しの皮肉を交えて尋ねてみた。 
「ああ、済まないアイエール、紹介するよ。この子はリリィ。俺の死んだ母さんが神殿に引き取った関係で、俺とは兄妹みたいに育った子なんだ。今は……」 
 現況までは知らないバーンが目でその先を促すと、すかさずリリィは言葉を続けた。 
「今はアローナ神殿付きの戦士をしておりまして、主にお兄様の妹君で、私たちの神殿の巫女姫でもあられるイリーナ様の護衛を務めております」 
 丁寧にそう言うと、リリィはアレクセイに向かって深々と頭を下げた。 
「……今後ともよろしくお願いいたします」 

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 


「ねぇねぇ、お兄さん。あの金髪の娘さんはどんな方ですの?」 
 面白い見世物を見損なった皆は再び宴会をヒートアップさせていた。 
 その中にあってちらちらとバーンたちを観察していたウィンシーは、とうとう興味を抑えきれずにウォーレンに質問していた。 
「金髪の娘? ……ああ、リリィですか。元々は捨て子だったのですが、拾ったのがかつての巫女姫のカレン様でしてね。年の近いバーンとは兄妹のように育ったのですよ」 
 朗らかに答えるウォーレンに、どこからか現れたユーヌも質問した。 
「兄妹同様、ねぇ? でも少なくともリリィさんの方は兄以上に思っているようにも見えますネー?」 
「確かに、あの様子はただ事には見えませんわよ?」 
 ウィンシーが見つめる先ではバーンに頭をくしゃくしゃにされて、困ったような嬉しいような顔のリリィがいる。 
「あっちの方も、ただ事では済まなそうダヨネ」 
 ニヤニヤ笑うユーヌは憮然とした表情のアレクセイを観察していた。 
 しかしウォーレンの方はのんびりしたものである。 
「ああ、リリィはバーン一筋の娘ですから。バーンが旅に出た後は泣いて泣いて仕方がなかったものです。バーンはあの通りの奴なので気付いているかどうかはわかりませんが」 
 あまりの能天気な返事にウィンシーやユーヌの方が面食らった位である。 
「先ほども言いましたがリリィは捨て子ですからね。また見た通り私たちとは流れている血が明らかに違う。……子供の頃、いじめられていたあの子をバーンがずいぶん庇ってやったようですね」 
 そう言いながらうんうんと頷くウォーレンはむしろリリィの恋を好意的に受け止めているようにしか見えない。 
「……もしかすると……」 
 ウィンシーが何かを思いついたようにある事を確かめてみた。 
「アレシア一族って一夫多妻上等?」 
「一夫多妻? ああ、そういえばニロンドあたりではそういうのに拘るのでしたね」 
 ぽんと手を叩くと、ウォーレンはびっくりするような事を言い始めた。 
「私たちの部族の掟では、全ての妻を愛する力と心を持っていれば何人妻を持とうとかまいません。むしろ有能な戦士は二人以上の妻と沢山の子供を持つように定められています」 
 比較的相手が少ないと言われる私たちの義父でさえ妻や恋人が3人いますからねー、と笑う青年を尻目に、ウィンシーとユーヌは額を突き合わせてぼそぼそと語り合った。 
(アレクセイちゃんってこういうのに耐性あると思います?) 
(いや、ないね。アレクセイにもハイローニアスにもないだろうネ) 
 そう言いながら二人はニヨニヨと悪い微笑みを浮かべる。 
(冒険が終わって退屈になるかと思ったけど、まだまだ楽しみはありそうですわね) 
(とりあえずアレシアの森にテレポートポイントを作るべきでは?) 
 二人がちらりとバーンたちの方を眺めると、久しぶりの話に花を咲かせているのか笑い合っているバーンとリリィが、そしてなにやらオドロ線を背負いつつ引き攣った笑顔を浮かべているアレクセイが目に入った。 

 ……どうやら新しい戦い?のゴングは既に鳴らされているようであった。 

   ~~  了。とりあえず。 ~~



以上ですー。 

今後はまぁ、当分ラブコメ展開が続く事でしょうw 
バーンとアレクセイがいつの間にかそんな仲になっていますが、さすがに最終決戦が近付くと生存本能的なアレが働くだろうという事でそういう展開にしてみました。 
さて、結局結末はどうなるんでしょうねー? 



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