調略-レル・モード-
(文:そめいF)


夜牙塔が始まる前に書きはじめたものの、途中で放置して、その後は存在自体忘れていたSSを発見したので、最後まで書き上げてみましたw 

国家そのものの設定を使っているので、もしかするとストップが入る可能性もあるかも。 

内容的には、プレイが終わった今だからこそ、後の伏線みたいなものを入れることができたので、遅れてよかったといえば、よかったかな。 


西町に火の手が上がった。 
近隣の民家を焼き尽くし、夜の町を赤く照らしつつ、なお勢いを広げている。 
火の粉は川を越えた東町までも及ぼうとしており、川沿いの住民が万神殿に避難している。 

「西町の情報は、入ってこないんですか?」 
トーチ・ポートは東西に分かれて争っていた歴史から、一つの町の中とはいえ、伝統的に東西の交流が少ない。 
その為か、西町の避難者は殆どおらず、情報を欠いており、神殿に滞在していたアイエールの質問に答えられる者はいなかった。 

川向こうの炎の中に、怪物の姿が浮んだのを見たという者もいる。 
このまま放置しておいてよいとは思えない。 
だが、西町には西町の領主がおり、東町の警備隊が討伐に関われば、良い顔をしない者が大勢いるのは分かっている。 

だから、彼女は上司に、こう告げた。 
「神父様、冒険者を雇いませんか?」と。 

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「いやぁ、関心関心。アレクもオトナになったネェ。」 
ユーヌが素早く準備を整えながら、からかうように頷く。 
「ちょっと前までなら、警備隊とか神殿を無理やり動かそうとして、なみだ目になってそうだけどナ。」 

「ああ、それどころか、一人で問題を解決しようと思ったりとかな。」 
隣で大剣を背中にかつぎつつ、バーンもユーヌに同調する。 

「二人とも、余計なお世話!」 
頬を膨らませてアイエールが反論するが、「そういうのを見ると、まだまだだと思うがね。」と反撃されてしまう。 

「でも、ちゃんと、報酬をせしめてきたのも、ポイントが高いわよねぇ。」 
ウィンシーは、長い髪をかきあげつつ、水で口を潤している。 
魔術師は、呪文を唱える為にも、このあたりのケアは欠かせない。 
「ぷっはー、それにしても何? この水おいしいんじゃない?」 

「ああっ、ウィンシーさん、それお酒だよ!」 
アルベルトが慌ててそれを取り上げようとするが、ウィンシーはさっと全てを飲み干してしまう。 

「まぁ、酒くらい入っていたほうが戦いやすかろう。」 
酒豪のドワーフの戦士、グラムは既に準備万端だ。 

「あとはゼルギウス…っと、いないんだった。」 
彼等パーティのもう一人の魔術師、ゼルギウスは、グレイホーク市に立ち寄った際、その膨大な知識が納められた書庫に魅せられ、別行動をとっていた。 

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西町では、果たして証言どおり、都市の下水からさまよい出たモンスター、アティアグが猛威を振るっていた。 
棘のついた何本もの触手と、巨大な口を持つ不気味なモンスターは、消火にあたる自警団を蹴散らし、被害を拡大している。 

「またこやつか。確か、小僧…いや、小娘が触手に絡め取られておったな。」 
ドワーフ造りの斧を構えながら、グラムがニヤリと笑う。 
「私はもう、18ですよ?小娘は酷いなー。」 
「お前など、まだまだ小娘じゃ。 同じ失敗は、繰り返すなよ。」 
「分かってます。」 

グラムを先頭に、フォーメーションを組む。 
まずはユーヌが抜け出し、敵の背後に回りこみつつ、体勢をくずす。 
アルベルトは素早い動きで敵の動くスペースを消し、ウィンシーが効果範囲を操作した呪文で敵の足元にオイルを撒いて、その移動を困難にすると、雷光の如きバーンの攻撃が炸裂する。 

戦いは、一瞬にして勝敗が決した。 
「えーと…。」 
出番のなかったアイエールは立ち往生だ。 
「また、剣で突っ込んでいかれても困るからな。」 
剣を担ぎ直し、冗談とも本気ともつかない表情で、バーンが言う。 

「それに、これからがアイエールの本当の仕事だろ?」 

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アティアグが倒れた事で、新たな火災が起きる事も無く、消火作業は順調に進んでいた。 

「うーん、<炎の爆発>で、火が消えないかしらね。」 
「もっと大きい爆発じゃないと、消えないんじゃないか?」 
様々な秘術を操る事が出来るウィンシーも、流石に消火は専門外だ。 

アイエールは怪我人を安全な広場に集めては、浄化の光による集団治療を繰り返している。 
やがて、騒動は完全に鎮静化した。 

――――――――――――――――――――

アティアグをいとも簡単に撃退した冒険者の話は、たちまちトーチ・ポートの噂になった。 
それは、彼らを派遣した万神殿でも、もちろん例外ではない。 

「リイノエ神官が撃退されたのだそうだ。」 
「彼女はまだ、神官に任官されたばかりではなかったのか」 
「いやいや、実際に怪物を倒したのは、彼女と一緒にいた冒険者達で、リイノエ神官は何もしていないそうだ。 アティアグを一撃で倒した者がいたとか。」 
「だが、あの集団回復の術、あれを行えるのは、首都でも一握りだろう。」 

それらはほぼ全て事実であるが、中には倒した怪物は魔神だったなど、尾ひれがついているものまである。 

この事件は、万神殿から魔術を使った報告によって、トーチ・ポートから遠く離れた首都、レル・モードのリンワード一世はじめ、重臣たちの耳にも入ることになった。 

レル・モードの王城の一室では、早速その事件について、重臣たちの議論が交わされている。 

「それほどの冒険者ならば、なぜこれまで噂にならなかったのだ。」 
「なんでも、最近売り出し中の冒険者なのだとか。」 
「惜しい。このまま野においておくのは実に惜しい。 国内の混乱を収めるのに彼らを使えれば、復興も早まろう。」 
「いかにも、そのとおり。」 
「異議なし。」 
「決まりですな。早速この件国王の名で使者を立てましょうぞ。国王とて否とはいいますまい。」

――――――――――――――――――――――

トーチ・ポートの万神殿には、通信によってアイエール達に謁見の段取りが伝えられた。 

「フーン、国王じきじきに、ご褒美でもくれるのかネ?」 
酒場に戻ったユーヌが、背もたれのついた椅子を傾けて座りながら伸びをする。 

「使者の護衛を果たしたら、あとは終わりだと思ったんですけどね。 まぁ、命令ですし。」 
水の入ったコップを両手で包みながら、アイエールも頸をかしげる。 

「でもさ、謁見の後にパーティもあるっていうじゃない。きっと、ご馳走もでるよ!」 
アルベルトはにっこり笑うが、隣に座るバーンは憮然としている。 

「レル・モードについたら、皆正装を準備しなくちゃよねぇ。」 
ウィンシーの言葉に、バーンの眉がピクリと動く。もちろん、ウィンシーは見逃さない。 
「あなた、もしかして…」 
「もしかして?」 
ウィンシーの含みを持った言葉に、アイエールも反応する。 

「うふふ、もしかしてじゃないわヨネェん。 そういうのが苦手なんでしょ?」 
こうなると、ウィンシーとユーヌのテンションはググッと上がってくる。 
「大丈夫、バーンなら黙って座っていれば、誤魔化せるさ。」 

確かにバーンの容姿は、大剣をやすやすと扱うイメージからは想像もつかないほど、細面で貴公子然としている。 
「そうそう、貴族の子弟みたいにチュニックでも着て、黙って立っていれば貴婦人の一人や二人、寄ってくるかもしれないじゃない。宮廷にはない魅力ってやつよ。ねー、アイエールちゃん。」
「な、なんでそこで私に振るんですかっ!」 
「なんでって、今怒った顔してたじゃないの。」 
「別に怒っていませんっ!」 
「オコッテルヨ。」 
そっぽを向くアイエールに、ユーヌがすかさず突っ込みを入れる。 

「まぁまぁ、それよりも、僕たちは種族が違うから向こうもそのつもりで大目に見てくれるかもしれないけど、バーンとかは人間なんだからさ、宮廷でも通じる礼儀作法くらい覚えておいたほうがいいんじゃないかなー?」 
ハーフリングのアルベルトが、なかなか来ない注文を気にしつつ言う。 

「確かに…。」 
「いや、俺だって師匠から少しは習っているし、大丈夫だ!」 
「ホントーに? じゃあ、アイエールをエスコートしてみなよ。」 
「うっ…!」 
途端に、バーンが緊張した面持ちになる。 

「で、アイエールは手を出す。出し方は知ってるだろ?」 
「そ、そりゃあ…。」 
そのアイエールも真っ赤だ。 

「この二人は、ホント全然進まないわねぇ。」 
「それが面白いんだけどナ。」 

――――――――――――――――――――――――

暫くの後、一行の姿はニロンド王国の首都、レル・モードにあった。 
内乱終結直後の復興期であり、道端には地方で食い詰めた人々が路上生活を営んでいるなど、華やかさには欠けるが、その賑わいは地方都市のトーチ・ポートなどとは比べ物にならない。 

幅の広い路上には露店があふれ、東西の珍しい物品を扱い、道と道が交差する広場には大道芸人が自慢の業を披露し、噴水が人々に憩いの場を提供している。 
広場の周囲には宿や酒場、それに雑貨店などが立ち並び、旅人達が出入りしているのが目に入った。 

「さっすが首都よねぇ。いつ見ても都会はいいわぁ。」 
ウィンシーが首にかけたストールと、長い髪を風になびかせながら、何度も頷く。 

「アイエールは、少し前までこの町にいたんだよな。」 
「うん。 ここからトーチ・ポートに赴任する途中で皆に遭ったんだよ。」 
ウィンシーと並んで歩いていたアイエールが、前を歩くバーンの隣に並ぶ。 

いつもは個性の強い一行に囲まれて、無口な使者の顔も、心持ち安心した表情に見える。 

だんだん家の構えがしっかりとしてくる街路を歩き、やがて城門へたどりつくと、先頭をあるいていたユーヌが、くるりと振り返った。 

「任務、完了だネ。」 
「ああ。」 

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城内に入った一行は、用意された部屋で、各々準備を行っていた。 

「可愛いー。 赤ちゃんみたい!」 
子供用の服しか見つからなかったということで、フリルの多くついた衣装をあてがわれ、憮然としているアルベルトに、アイエールの声が飛ぶ。 
「放って置いて欲しいな!アイエールもさっさとドレスとかに着がえてきなよ。 
「いいのいいの。 神官の正装といえば、いつもどおりの神官服って決まってるんだし。」 

パタパタと手をふるアイエールに、意外に違和感のない着こなしを見せているユーヌが声をかける。 
「それが、よくないらしいヨ。 なぁ、ウィンシー。」 
「そうそう、私のだけじゃなく、あなた用のドレスも準備されてきたのよ。」 
彼女が後ろを示すと、ドレスを持ったメイド達が控えている。 

「それは、ウィンシーさん用に何着か準備してくれたんじゃないんですか?」 
「それは無いわよ。 だって胸のところが凄く狭いもの。」 
「・・・」 
「まぁまぁ、とにかく、あんたも着替え。こっちにいらっしゃい。」 

城付のメイドの前で、怒る事もできないアイエールを別室に連れて行きながら、ウィンシーが耳元でささやく。 
「さっき、宮廷魔術師にならないか、ってお誘いがきたのよ。 どうも、私たちをこの国に引き込みたい連中がいるみたいね。」 
「ウィンシーさん程の魔術師ならば、お誘いは当然かと思いますが。 この任務が片付いたら、それもいいんじゃないですか?」 
おさえているとはいえない声で、首をかしげるアイエールをたしなめながら、ウィンシーが続ける。 

「それが、今すぐ、だって。」 
「そんな。 そんなことしたら、”王”の討伐をするのに、凄く不利になるじゃないですか。」 
「連中、”王”については半信半疑らしいわ。 それより、ニロンドの国内整備を優先したいらしいわね。」 
「国内整備は大事かもしれませんが…でも。」 
「辺境やら、他の国がやられてからでないと、動くつもりは無いって事よ。 少なくとも、家臣の中にはそういう意見の人が多いってこと。 あんたは一応ニロンドの正式な神官なんだから、何か言われる事は確認しておきなさい。」 

それは、アイエールもうすうすは心配していた事ではある。 
もしも「討伐に加わらず、内政に参加せよ」と命令が出てしまえば、それに逆らう事は出来ない。
そうなる前にどうすればいいか。 という事だ。 
その為にも、直接王と会うことができるこの機会に、討伐を決意してもらわねばならないのだ。

「分かってはいたみたいだけど…いや、あんたまだ気づいていないでしょうから言っておくけど、わざわざあんたにドレスを着させたい人がいる。 これがどういう事か分かる?」 
宮廷内での礼儀だけを考えれば、神官服、もしくは正装だけで通るはずだ。 
「…いいえ。」 
少しの沈黙の後、口を開く。 

「やっぱり。 あんた鏡見たことある?」 
「そりゃあ、ありますよ。」 
「んーー、分かってないわねぇ。」 

話の途中ではあったが、部屋に到着して着替えを始めたこともあり、ウィンシーが一旦話を中断する。 
沈黙に包まれた室内で、メイド達が二人の着替えを進め、それが済むと髪形のセット、メイクと進んでいく。 

「なにも、ここまで念入りにしなくても…」 
「する必要があるから、してるのよ。」 
メイド達に怪訝な表情を向けるアイエールに、やや厳しい表情のままメイクをされていたウィンシーが口を開く。 
やがて、全ての作業を終えたアイエールに、ウィンシーが手鏡を向ける。 

「どう?」 
「随分頑張ってもらったかな…って。」 
「そうじゃなくて。 あんた、まるで一国のお姫様みたいよ?」 
「やだなぁ、そんな褒められても、何も出ませんよ? …あいたっ!」 

なかなか要領を得ない女神官に、ウィンシーのチョップが決まる。 
「悪いけど、あんたはとてもそうには見えないけど…高位の僧侶は貴重なの。 特にこんな内乱のご時世ではね。」 
「え、ええ。」 
頭を抑えながらアイエールが頷き、女官が黙って乱れた髪を直してゆく。 

「みたところ、家臣団は内政重視が多数派で、私たちを討伐に派遣させようとしているのは、いるとしたらリンワード一世殿下なわけ。 これはわかる?」 
「そりゃあ、さっきので分かりましたよ。 だから陛下にご決断頂く必要があるんですよね。」 
「そう。 陛下が決断してしまえば、家臣が何を言っても無駄なのは知ってのとおりよ。 だから、家臣たちはあんたを王の側室にでもするつもりよ。」 
「そんな…!」 
「他に、理由があって?」 
ウィンシーが落ち着いて続ける。 
実は彼女自身も宮廷魔術師の地位と合わせて、ちょっとした門地を提示されている。 これは伝統を重視する王朝の中で、極めて異例の措置だ。 

「あんたの器量なら、陛下も気に入るかもしれない。 そうしたら、討伐を決断はできないでしょうね。」 
「私は、孤児ですよ? 親がどんな身分かも分からないのに…。」 
「でも、あんた自身は高位の僧侶。 それに親の身分が分からないというのは、かえって捏造がしやすいわ。 陛下だって、決断の決め手を欠いているから、これはかなり不利よ。」 

思わず見遣った窓からは、ツバメが営巣をしているのが見える。 
確かに、一見平和なこの街にいて、危機感を持つのは難しいのかもしれない、とアイエールは思った。 

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「よー、貴婦人方、お帰り。」 
奥の椅子にふんぞり返って腰掛けながら、ユーヌが部屋に戻ってきた2人に声をかける。 

「で、どうするんだい? 側室になるのかナ?」 
「盗み聞きしてたんですか? いやらしいなぁ。」 
眉を吊り上げるアイエールとウィンシーに向かって、ちがうちがう、とユーヌが手を振ってみせる。 

「君達が支度をしている間、俺たちにもお誘いがあったのさ。色々とね。 で、アイエールは側室かと思ってさ。」 
「それにしては、思考が一足飛びですね。」 

アルベルトが続ける。 
「宮廷魔術師は空位らしいし、諜報員や軍の司令官はそもそも人材不足だしね。 でも僧侶関係は、元から政治と深く関係しているから、空きはないってことだよ。 ね、お姫様。」 
アイエールの格好を見て、先ほどのお返しとばかりにアルベルトが茶化しを入れる。 
「まぁ、王様の決断を鈍らせる手なら、それしかないでしょ。 『高位僧侶は冒険者としてよりも、宮廷や軍に置いたほうが云々』いう奴もいるかもしれないしな。で、そうなったらどうする?」 

ちらりと、バーンを見ると、彼は何事か深く考え込んでいる様子で、窓から外を見ている。 
その後姿から、なんとも形容しがたい表情が浮んでいるのは容易に想像ができた。 

「どうするって…そうね、ファーヨンディにでも亡命しちゃいましょうか。」 
「秩序を重んずるハイローニアスの神官とは思えない発言だね、それ。」 
いいながら、面白い事が出来た、といわんばかりに、アルベルトが顔を輝かせる。 
ユーヌがニカリと笑って続ける。 
「側室じゃ不満かい?」 
「ええ。」 
アイエールが、真面目くさって言う。 
「ハイローニアスは、一夫一妻が基本なんですよ! 王といえども、あまり側室を増やすのは感心しませんね。」 
「ほほぅ、なら正妻ならOKか。」 
「やっぱり、嫌です。」 
「だめだネ、この神官は。 城の神官失格じゃないか。」 
「そうね。そうかもね。」 

「だが、実際に命令が出てしまうと、そうも言っていられないぞ。 こちらの意思なんて関係ないってのが、国の組織ってもんだからな。」 
ようやくこちらを振り向いたバーンが、険しい表情で言う。 
「そうだな…。 アイエールはお前の子供を身ごもっている事にでもしたらどうだ?」 
「悪くないですね…。」 
「ば、バカっ!アイエールまで何言ってるんだ。」 
ユーヌの言葉に、アイエールが真顔で頷いたので、思わず純真な青年が赤面する。 

「でも、謁見の間には、大抵嘘がわかるような呪文か、嘘がつけなくする呪文が、パーマネンシィでかけてあるから、無理よ。」 
ウィンシーの言葉に、しばし部屋を沈黙が支配する。 

「もしかして、私たちは来なかったほうが良かったんでしょうか。」 
「来なければ、討伐隊が出ないのは一緒だろ。 それに、残念ながら俺たちも情報不足だったし、なにより相手の軍隊には、こちらも軍隊が出てくれないとな。」 
バーンの言葉に、ユーヌが肩をすくめて続ける。 
「結局、こっちの王様を、俺たちが説得するしか無いって事だな。」 

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謁見の間に一行が通されると、会場にどよめきがおこった。 
「あれが、件の冒険者か。」「若すぎはしないか。」といった具合である。 

やがて、彼らがひざまずくと、謁見の間は静寂に包まれ、玉座に視線が集まる。 
リチャード一世。 若く、覇気に富んだこの王は、自らも非常に優れた戦士である。 

王の前で、冒険者達の名前が順に読み上げられる。 
形式上、ニロンドの神官であるアイエールが最初に読み上げられたが、バーンの出自について説明があった際、会場がざわついた。 
「あの、アレシア一族の?」「なるほど、それでか。」臣下の噂する声が聞こえる。 
アレシア一族はニロンド国内でも勇猛で知られており、戦時には、小数ながらも彼等だけで一軍を形成する事が認められている。 
武官の間からは「惜しい」と、低くうなるような声が漏れた。 

王は良く通る声で一行の労をねぎらった後、しばしの滞在を求めた。 
これは、王の意見と家臣の意見がまとまっていないことによる。 
いかに王といえど、重臣たちの意見を完全に無視することはできない。 
また、敵の危険性を訴えるものが、不足していた。 

謁見は短時間で終わり、彼等に自由な発言の機会は訪れなかった。 

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夜の宴までの間、一行は部屋に集まっていた。 
もちろん、今後の対策を話し合う為である。 

「謁見の間で、一度くらい発言の機会が欲しかったよネ。」 
ユーヌが口を開く。 
「そうらね。」 
アルベルトが机に並べられたフルーツを口に含みながら相槌をうつ。 
ドワーフのグラムは、「まったく、ドワーフが人間の国の軍団長なんぞやれるか」と言った後は、終始無言だ。 

「そういえば、バーンは何か提示されたの?」 
相変わらず外を見ているバーンを肩越しに覗き込むようにしながら、アイエールが尋ねる。 
そんな彼女をチラリと見遣り、小さくため息をついてバーンが振り返る。 
傾きかけた太陽の光が、彼の輪郭を黒く浮かび上がらせた。 
「アレシア一族の自治権の拡大とニロンド内での優遇。 俺は傭兵隊の隊長だそうだ。」 
「なかなか的確な提案、だね。」 
「悪くないけど、受けたら終わりだからな。」 
逆光で顔は良く分からないが、その姿に若干の迷いのようなものが見える。 
その姿に、アイエールが続けた。 
「もしも、軍隊が動かなくても、アレシア一族だけは動くかもしれないから、心配なんでしょ?」 
「ああ。 でも、むしろ…」 
「アレシア一族のような、王国直属で無い部族の軍が、捨て駒的に使われるかもしれない?」 
言葉の途中で深い考えに囚われていた様子のバーンの言葉を、ウィンシーが続ける。 
「ああ。」 
「優遇があれば、アレシア一族は無事かもしれないわね。」 
「ああ。 でも…。」 
再び窓の外を見るバーンの視線のはるか先、地平線の彼方には、彼の故郷であるアレシアの里がある。 
「自分たちだけ助かっても、結局は後で同じ事になるからな。」 
その言葉に応える様に、開いた窓から夜の冷気を含んだ風が吹き込み、彼の髪を揺らした。 

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「さて…と。」 
部屋を照らす沢山の蝋燭の明かりに照らされ、ユーヌが腰を上げる。 
「俺たちは大いに宴席を盛り上げるから、陛下の説得はアイエールがしっかりとな。」 
「わ…わかりました。」 
「緊張してハイ、ハイ。って答えるんじゃないゾ。 それでいつの間にか側室になっていたら、バーンが泣くぞ。」 
「ば、馬鹿いえっ!」 
ユーヌに遊ばれたバーンが反論をいれるが、心持ち残念そうな表情を浮かべたアイエールの顔を見て、言い直す。 
「今はとにかく、陛下を説得するのに集中するんだろ。」 
「うん、そうだね。」 
「あーあ、いけず。」 
結局、アルベルトは子供用の服が気に入らず、 街から取り寄せたハーフリング用のしっかりとした服に着替えている。 
ハーフリングはどんな街にも一定数のコミュニティを作っているので、入手に苦労はなかった。 

「よし!」 
弾みのある声で、ユーヌが一行を見渡す。 
「アルベルトは珍しいし、身軽さで注目をひけるだろ?」 
「もちろん!」 

「グラムは、どんどん飲んでいれば、感心する奴も多いだろ。」 
「む…まぁ、よかろう。」 

「ウィンシーは、そのセクシーなドレスでナイスミドルでも誘惑してくれ。 できれば、入れ知恵もしてくれよ。」 
「おまかせなさい。」 
ウィンシーが妖艶な笑みを浮かべる。 

「バーンは…黙って立っていればいいさ。」 
「それでいいのか?」 
「謁見の間の様子を見ていれば、きっと話しかけてくる奴がいるさ。」 
「分かった。」 
「ゴ夫人には優しくな。」 
「うるさいぞ。」 
できないだろうな、といわんばかりのユーヌの言葉に、図星をつかれたバーンが眉を吊り上げる。 

「で、ユーヌはどうすんのよ。」 
ウィンシーの言葉に、ユーヌがニカリと応える。 
「もちろん、ゴ夫人に優しくしてくるのさ。」 

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宴は盛大に行われた。  
歴史ある王朝の、歴史ある王城の壁や柱には、重厚な彫刻が彫りこまれ、それを彩る金銀の装飾が、何百という燭台の明かりを受けてキラキラと輝いている。 
きらびやかに飾りたてられたホールを、まるで花が咲いたように彩る貴婦人たち。 
その貴婦人たちを、巧みにエスコートする、王国各地の貴族と、その子弟。 
会場の隅では、楽師達が音楽を奏で、その音楽にあわせて、次々と紹介され、入場してくる貴族たち。 

そんな中で、彼らは賓客として扱われ、会場の良い席をあてがわれていた。 
「凄いですね。くらくらしちゃう。」 
額に手をあて、やや気おされているように見えるアイエールの背中を、ウィンシーが叩く。 
「こらこら、こんなところで卒倒しないでちょうだいよ?」 
「貴婦人じゃあるまいし、しませんよぉ。」 
「じゃあ、やれるのね?」 
「やれますとも!」 

正面から顔を見ると、いつの間にか目に力強い光が宿っている。 
やがて、最後に会場に現われた国王に伴われ、主会場へと歩み出してゆくその後姿は堂々としており、城内に施されたセレスチャルの彫像を思わせた。 

「こんな時には、驚かされるのよね。急に強気になるんだから。」 
「そうでもないと、僧侶の上級呪文なんて扱えないからね。」 
アルベルトがウィンシーの体半分だけ前にでて言う。 
「じゃ、僕らもやろうか。」 

柔らかく笑って、彼らも主会場へと歩み出す。 

この日、リンワード一世は、討伐戦を決意した。 
これは直後の”ゼロン復活王国”設立に対し、迅速な対応を可能とし、後世において彼を名君と呼ばしめる事となる。 

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後に、リンワード一世が言った言葉が残っている。 
「あんな強い意志を持った目で説得してくる娘は、見たことが無い。 残念だが、まったく、余には扱いかねる。」と。 

そして、さらに付け加えた言葉がある。 
「余は、人の恋人を無理やり奪う趣味は無いのだよ。」と。 

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それから数日後、城下の酒場では、リンワードが扱いかねた娘が、グレイ・エルフを糾弾していた。 
「で、その間ずっと、ユーヌは本当にご婦人方に”優しく”してたんですね?」 
「ソウダヨ?」 
「まったく…」 
「デモ、不思議だなー。 その後奥方に説得されて、態度を軟化した貴族もいたみたいだしナー。」 
「あと、もともと私たちを宮廷に取り込むのに反対していた貴族とも、意外に仲良くやってたわね。」 
ウィンシーが言うと、グラムがビールの泡を髭につけたまま、ジョッキを置く。 
「なんだ、また裏工作か、グレイ・エルフ。」 
「もっと褒めて貰いたいもんだけどな。 ウィンシーと俺で、結構骨を折ったんだぜ。」 
「そういうこと。」 
これには、アイエールも引っ込まざるを得ない。 

「えっと、ユーヌはエールでいいかな。」 
「頂きましょう。」 
誤魔化すようにユーヌのジョッキを注文するアイエールを、得意げに見遣る。 

「何かいうなら、バーンにいってやれヨ。 ずっと貴婦人といちゃいちゃしていたんだからな。」 
「そんなことは無い。」 
幾分、反論が早かったことが、むしろユーヌの言葉に真実味を与えてしまう。 
実際、彼はその美男子ぶりから貴婦人達に囲まれ、しかも生来の不器用さゆえ、それを上手くあしらう事も出来ずにいたのだ。 

「そう、やっぱり。」 
顔は笑っているが、アイエールの声には、レイ・オヴ・フロストほどの冷気が混じっている。 
「もう一回、城に行ってやり直すかい?」 
ユーヌの楽しそうな声に、彼女はかぶりをふった。 
「ちょっと、やりすぎちゃいましたので、もう無理なんじゃないかとおもいますね。」 
「一体、何をしたんだ?」 
「それは…」 
「それは?」 
バーンの問いに、アイエールが天を見上げ、やがて人差し指を1本、唇に当てる。 
「ひみつ、です。」 

軽く張り詰めていた場の空気が、まるで糸が切れたかのように緩んで行く。 
「なんだヨ。気になるなぁ。」 
「そうよ、女の子はそれでいいのよ、アイエールちゃん!」 

こうして、アイエールの故郷、レル・モードの夜は更けてゆく。 
仲間と過ごす故郷の夜は、彼女には格別に思えた。 


---------------------- 
おわり 



こんな感じで…長ぇw




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